「英語が分かりません。読めません。教えてください夏樹先生」 「無理」 「この釣り王子…」 「学校で言うなって言ってんだろ」 クラスメイトが頭を下げて頼んでも無理の二言で断り、ケッと睨みつけた夏樹は鞄を持ってそのまま教室を出て行ってしまう。無理なのは自分も出来ないからか、はたまた用事があるのか。どっちにしろ、さて、わたしにとって頼れる友人と言うのは寂しいことに夏樹しかいなかったわけだが。 どうにでもなれ、投げやりの気持ちで鞄に英語の教科書をしまおうとすると、すぐ後ろに誰かがいることに気付いた。それは口を結んで汗を流していた、夏樹繋がりでよく話すユキくん。スッと震える手で指差したのはわたしの英語の教科書。 「英語、」 「え?ああ、そうそう、英語ね!分かんなくってさー。夏樹に聞こうと思ったら無理だってスッパリ断られちゃった。明日リーディングあるんだけど当たって砕けるね」 「…お、俺」 「…もしかしてユキくん教えてくれるの?」 「…う、うん」 「ほんと!?」 思わぬ救世主が、やってきた。 「It is you that he gets angry with.」 普段おどおどしているユキくんが、ぺらぺらと英語を、しかも発音よく呪文のように喋り続けるものだから――いや読んでと頼んだのはわたしだけれど!――驚きのあまり硬直するほかなかった。今目の前にいるユキくんは果たしてわたしの知っているユキくんなんだろうか…いや確かにユキくんだ。 「…ゆ、ユキくん…!」 「え、あ、ごめん、間違ってた?」 「全然!?むしろパーフェクトすぎて声も出なかったです!ユキくんすごい英語ぺらぺらだね!」 「お、俺、小さい頃から外国とか転校してたから…」 「外国!?すっごい!!」 今までの知り合いに、外国を渡り歩いて英語がペラペラな人なんていなかったものだから、ついはしゃいでしまう。向かい合っていた机を乗り出すと、ユキくんが照れくさそうに笑う。綺麗な赤色の髪が揺れた。 「ばあちゃんがフランス人だから、それで」 「へえ〜!すごいねユキくん!だから髪もきれいな赤色なんだ!あ、じゃあフランス語も喋れるの?」 「う、うん。一応」 「すごいすごい!良かったらなんだけど、何か話せる?」 「え、えーと……Je m'appelle Yuki.」 「す…すごい…ユキくんすごい…!!」 ユキくんのこんな一面、見たことあっただろうか。初めて見たユキくんの一面に心が躍らないわけがない。 「あ、あのさ!」 「うん!」 「ち、ち、ちか、近い…っ!」 珍しく声を上げると思いきや、ユキくんに近いと言われ、はたとはしゃいでいたものから冷静になる。冷静になってみれば、机から身を乗り出しているわたしは、ユキくんとキスでもするのかってくらいに近くて。「ご、ごめん!」慌ててイスにきちんと座るものの、ユキくんとの間に妙な空気が流れることになってしまう。ちらりとユキくんの顔を見てみると、不意に目が合ってしまって、上手じゃない笑顔をみせる。ああ、暴走しすぎはよくないなあ。 「えと…改めまして、ユキくん。良かったら英語、教えてくれる?」 「うん。俺でよければ」 「ありがとう!よろしくお願いします、ユキ先生!」 「せ、先生って」 ぎょっとするユキくんにくすっと笑うと、ユキくんも眉を下げて笑って、お互いに笑い合った。 ∴くすぐったいよ ゆこ |