涙サプライズ

「あ、黒子くん。やっぱりここにいたんですね」

ある日の昼休み、図書室で静かに本を読んでいたところ、誰かに呼ばれて振り返ればそこには、クラスメイトでありバスケ部マネージャーでもある女子生徒。

「みょうじさん…、わざわざこんなところまでどうしたんですか?」

この帝光中は生徒数が多く、教室や職員室のある本校舎とその他教室まとめられた別棟とがある。つまり図書室は彼らのホームルーム教室から離れた別棟にあるわけで。
決して長いわけではない貴重な昼休み、授業が始まれば同じ教室で会うというのに、わざわざ自分を探しにこんな場所まで足を運ぶ理由がわからずに、隣に立つ彼女に尋ねる。

「赤司くんから伝言で、今日の部活は体育館に工事の業者が入るのでお休みになるそうです」

タイミングが悪いと伝えられないまま放課後になってしまうかと思いましたので、と黒子が座っている隣の席に腰を下ろしながら続ける。
そんな彼女の言葉に、違和感。

「それを伝えるためだけに、こんな別棟の外れまで来たんですか?午後の授業の合間に声をかけてくださればよかったのに…」
「………黒子くん、さては 」

彼の問いに、彼女は一瞬だけ目を丸くして、しかしすぐに返答ではない言葉を寄越して

「朝のホームルーム、寝ていましたね?」

午後は時間割変更で移動教室と体育ですよ、と眉尻を下げて困ったように笑った。

「…………、へ?」

それに対して自分の口から零れ落ちた言葉は、きっと至極間抜けであったに違いない。





放課後、ホームルームが終わって窓際を見やれば、目的とする人物はまだそこにいた。

「黒子くん、」

その姿に向かって声をかけると振り返った彼は、すでに鞄を肩にかけていて、少し遅ければ間に合わなかったかもしれないと心の中で少しだけ安堵する。

「あの、このあとなんですが…、何か予定はありますか?」
「…部活、はなくなってしまいましたので、特には」

訊ねると、彼は少しだけ考えるように間が空いたあと答え、なんでしょうかと小さく首をかしげてみせた。

「あの、部活がお休みになったところに本当に申し訳ないのですけれど…少し、付き合ってはもらえませんか?」
「備品の買い出し、ですか?」


俯き気味に、至極申し訳なさげに話す彼女が、その手に握りしめている小さな紙にちらりと見知ったものの文字を見たような気がして。

「あ、はい…。先生に頼まれたのですけれど、ひとりで行くには少しばかり…心配な量で…」


そう言って差し出してきた紙は、やはり買い出し備品のリストだったようで、その多さにわずかに目を見開いた。

「…これはまた…。わかりました、お手伝いしますよ」

どうせ部活もなくなってしまったのだ、急いで帰宅しなければならない理由も断る理由もない。

「…っ、ありがとうございます…!」

ほっとした様子で息をついて、笑顔になった彼女に束の間見入ったのは、きっと気付かれていない。





「せっかくのオフだったのに、付き合わせてしまってすみません」
「いえ、構いませんよ。特にこれといった予定もありませんでしたし」
「本当にありがとうございます。桃井さんはお家の用事があるそうでお願いできなかったので…、助かりました」

私一人ではとてもこんな量は、と小さく続ける二人の腕の中にはそれぞれ荷物が2つと1つと。
リストに書かれた店をすべて回り終えて、気付けばこんなにも大荷物になっていて、彼が荷物を持つと申し出てくれたのだが、マネージャーなのだからこれも仕事のうちです、と丁重にお断りさせていただいた。

何を話すでもなく、薄く橙色に染まり始めて対照的なグラデーションを映し出した街を、彼の後について歩く。



「………っ」

ふいのそれはほんの一瞬で、きちんと前を見ていなかった自分が悪いとわかっていた。
横断歩道、車道と歩道の間の段差につまずきかけて、バランスを崩して立ち止まった。
するとまるで見ていたかのように、前を歩いていた彼も立ち止まる。特に気付かれるような物音を立ててはいなかったはずなのに、どうしましたか、と振り向き訊ねてくる。

「あ、えっと、すみません。大丈夫です…!」

開きかけていた距離を縮めるようにぱたぱたと駆け寄る。追い付き隣に並び、行きましょうと声をかけて再び歩きだそうとした、刹那。

ふわり、

それは、どれほどの時間だったのだろうか。
ふいに近づいてきた彼の気配は瞬く間に離れていき、それと同時に腕の中の重みが軽くなる。

「…………え、」

ぽかんとして動けずにいる私の前、既に歩き出していた彼が振り返る。

「やっぱり僕が持ちます」

女性が無理をするものではありません、と言いながら前に向き直り歩き出した彼の背中をはっとして追いかける。

「え…、だ、だって黒子く「みょうじさんよりも、体力はあるつもりですが」

私のかけた声に立ち止まり、けれど振り向かずに答えたその声は、どこかむっとしたような雰囲気を含んでいて、有無を言わせないその言葉に、返事を待たずに歩きだした背中に、ずるい、なんて思いながら。
熱が集まる顔を誰からともなく隠すように俯き、前を行く背中を追いかけた。





学校に戻ったころには辺りは薄暗くなっていた。向かっているのはバスケ部の部室。
職員室で部の顧問である教師に買い出しを終えた報告をして、荷物を部室に置いて帰ることになった。
部室の前に到着すると彼女はなぜか、ただ今戻りましたとまるで誰かに話しかけるように部室の扉を開けて中へ入っていく。
誰かいるのかと訊ねようとすると、振り返って中からひょこりと顔出した彼女に、さ、どうぞ入ってください、なんて手を引かれて中へ入る。



パーンッ



瞬間響いたのは、破裂音。
目に入ってくる、赤、青、緑、紫、黄、桃。カラフルに装飾がされた壁。
そしてテーブルの上の白に散る赤と、自分の名前と、誕生日おめでとう、の文字。

「せーのっ」
「「「「「「誕生日おめでとう!!」」」」」」」

自分を見つめてくる、笑顔、笑顔、笑顔。

「っくりさせようと思って内緒でこっそり準備してたんですよ」

どうでしょう、なんてにこにこと笑いかけてくる彼女。
どうしてこんなにも簡単に、自分ですら見失いそうになる僕を見つけてしまうのか。
こうして捕まえてしまうのが、上手いのか。

近くにいたみょうじさんの袖をくいと引っ張り引き寄せて、彼女の肩に頭を乗せるように俯き、ふいに込み上げてきた感情を、涙と一緒に隠した。



涙サプライズ
(驚いて赤くなる君が可愛いなんて、教えてなんてあげません)
(肩に乗る頭の隅にちらりと見えたあなたの耳が真っ赤だったこと、期待してもいいでしょうか)


(あー黒ちんずるいー)
(敦、ふたりの邪魔をするんじゃないよ)
(完全にふたりだけの世界できあがってるけど)
(なまえちゃん、羨ましい…)
(黒子っちが、真っ赤っス…!)
(お前は少し黙るのだよ)






13.01.31
黒子テツヤ誕生日記念SS
初出:雪月華


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