約束を重ねる


※「幸せの約束」の続き物
これだけでも読めます


























「……わりぃ、」

気持ちを自覚して一大決心してその思いを伝えたときから、バスケに必死な彼にそれだけは言うまいと決めていた言葉がつい零れたとき、自分が何を口にしたのか理解するのに時間がかかって、理解した直後言い訳をしようとしたはずの口から洩れたのは嗚咽だった。そのまま堰を切ったように涙が止まらなくなっていて、溢れる涙で目の前の彼の姿が滲んだ。



何度目かなんてもうわからない。少し前からこの日は出かけようと決めていた日の前日、昼休みになった途端に連絡がきて呼び出されたと思ったら、明日行けなくなった、と至極申し訳なさそうに眉尻を下げて見下ろしてくる190pの大男。またか。
前回はなんだったか、試合なんかで仲良くなった他校のバスケ部の面々にストバスに誘われてしまったのだと言っていただろうか。私との時間もそうだけれど、他校のメンバーとの時間なんてもっと取れないのだからと言われた。後からお前も来ればよかったのになんて言われたけれど、あんな怖そうな人たちに囲まれる勇気なんてなかった。
今まではなんだったか、バスケ部で偵察に行く、アメリカにいた頃からの友人がやってきた、試合のための試験赤点回避の勉強会と言っていたときは私の教え方が難しくてわからないなんて文句も言われたっけ。どうすればわかりやすいか、私だって工夫していたんだけどなぁ。

「またバスケ部関係?」

そう問えばあれこれと説明をしてくる彼が嫌味でもなんでもなく、バスケ馬鹿なのはわかっていたことだし、彼からバスケを取ったらそれこそ何も残らないだろう。

「もう、本当にバスケ好きなのね、妬けちゃうなぁ」

だからそんな冗談のあとにもいつものように、仕方ないねと、また今度にしようかと、笑えるはずだった。
なのに唇は自分でも予想外の動きをして、予想外の言葉を音として発していた。彼の驚いた顔が頭の中に焼き付いて、謝罪の言葉が耳の奥にこびりついて離れない。
彼の中での一番はいつだってバスケで、それをよしとして覚悟して隣にいることを決めたはずだったのに。その言葉に返ってきた言葉を聞いたとき、これで私たちの関係も終わってしまうのだと、動くことを拒否し続ける頭の片隅でぼんやりと思った。



できたと思っていた覚悟が全然できていなかったことに気付かされてから、こんな私では彼の重荷にしかならないのだと思うとどうしても連絡をすることができずに時間だけが過ぎて、とうとうあれからの1カ月、1度も会っていない。
普段、バスケ最優先の彼の気が散ってしまわないようにと、彼が大好きなバスケに集中できるようにと、一緒にいる時間がどんなに少なくて構わないと思っていた。たまのオフにはストバスに連れて行ってもらったこともあったし、彼の試合はすべて応援をしに出かけていた。それだけで満足だと、思っていたのに。
その蓋が外れて不満の言葉が口をついたとき、彼が返した短い言葉にどんな意味が込められていたのだろうとか考えるのだけれども、それ以上にもうこのまま別れてしまったほうがきっとお互いのためになるだろうだとか、諦めるのはどれだけの時間がかかるのだろうとか、もうそういうことしか考えられずにいて、連絡を受けて夜の公園に呼び出されたとき、これで本当に終わってしまうのだと覚悟した。
けれど彼がくれた言葉は期待を裏切って私をまた泣かせた。彼は私に隣にいて欲しいと言ってくれて、私だって彼の隣にいたかった。ただそれだけで、この世界は続くことを許された。





あれからやっぱりいろんなことがあったけれど、ふたりで乗り越えてきた。1度終わりを迎えようとしていたからこそ、なんだってできるような心の余裕があって、不思議と焦りはなかった。
あのとき許された世界で断たれようとしていた道を歩いてきて、今私は大きな扉の前にいる。この扉を開ければまた短い道があって、その先には彼がいる。
ふと昨夜の彼の言葉を思い出す。

「なまえ、お前は後悔してないか?思い残したこととかあるか?」
「…、急にどうしたの?」
「俺は後悔してないし、思い残したこともたぶんない」
「うん」
「だから、お前はどうなんだよ」

お前に蟠りがあったらふたりで幸せになんて、なれねぇだろ。そう言って赤くなる彼を見つめて、きっと私も赤くなっていたのだろう。
それでもその言葉がどうしようもなく嬉しくて俯いて縮こまる彼に腕を伸ばしてそっと触れるだけのキスをした。ふたりで飲んでいたアイスティーのせいかあのときと同じようにひんやりと冷たくて、あのときとは違う少し酸っぱいレモンの味がした。

扉が開いて、一歩一歩踏みしめるようにゆっくりと、けれどしっかりと、道を歩く。たどり着いたそこで、優しく微笑む彼に一言。

「幸せにしてね、大我くん」
「おう、まかせとけ」

そうして私は決して悲しみからではない涙を溜めた瞳を静かに閉じる。肩に触れる彼の手。あ、ちょっと震えてる、なんて思いながら、唇に触れる温もりを待つ。


あのとき確かに感じた絶望は今、希望となって世界を照らしている。

あぁなんて、なんて幸せな結末!



約束を重ねる
(果たせない約束があることを知っているから)
(何度でも何度でも、今ここにある確かな覚悟を持ち寄って)


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