※高校捏造に次ぐ大学捏造で大学生
※鷹の目くんが出張る





昼休み、よく知った顔を食堂で見かけた。よく一緒にいるのを見かけるので友人なのであろう複数人の男女に囲まれて楽しそうになにかを話している。
彼女が座っているのは、窓の外のテラス席。食堂の入り口近くの席から眺めている自分に、きっと彼女は気づかないだろうと眺めているとふいに絡む視線。
彼女は右手で左手首の時計をいじりながらこちらを見て、けれど間もなくそれは逸らされた。時間にすれば、3秒あったかもわからない、時間というにはあまりにも短い間。

「……、」

すっと目を細めて視線を逸らすと、脇を誰かがぱたぱたと駆け抜けて行った。元気ねぇ、なんて思いながらその人物に視線を向けると、今しがた視線を向けていた場所。視線を向けていたまさにその彼女に、彼は抱きついた。細い切れ目がちの目に、黒い髪。
頬にキスをして後ろから彼女を抱きしめ直しそのまま頭の上に顎を置いて、彼女の友人たちへの会話へうまく混ざっている。彼女のほうも眉尻を下げて困ったように笑いながら、けれど嫌がる素振りも見せないということは、その二人の関係を想像するなど容易いこと。

「あ、高尾先輩とみょうじ先輩だー」
「えーどこどこ?」
「ほらあそこ、窓の外のテラス席」
「あ、ほんとだー」
「みょうじ先輩ってば羨ましいよねぇ、あんなハイスペックな彼氏がいてさぁ」
「しかもあの二人同棲してるんでしょ、サークルの先輩が言ってた」
「そこまで美人ってわけじゃないけど、気遣いできるし優しいし、素敵な女性だもんねぇ」

午後の講義も教授都合でなくなり、さてどうしようかと思案していたところで、隣に座っていた複数人のおそらく後輩なのだろうと思しき女子学生たちの噂話にしっかり耳を傾けていたことぐらいは許されるだろう。
その集団がぱらぱらと席を立ち始め、時計を見れば午後の講義まであと15分ほど。この食堂も人が減って静かになるだろう。ならばこのままと鞄から今朝買ったミルクティーのボトルとお気に入りの作家の文庫本を取り出してページを開く。
こちらに向かって、正確には自分の背後の入り口に向かって、歩いてくる集団。

「あ、そうだなまえ」
「なぁに、高尾くん」
「今日サークルの飲み会呼ばれちゃってさ、行ってくるけどすぐ、あー、日付変わる前には帰るから、」
「えー、またバスケ?」

少し離れた場所から聞こえてきた会話。視界の端。愛の言葉を囁きながら髪へ口付ける黒髪に彼女は目を伏せて、けれどなにも言わない。学内でしかも人の多い昼休みの食堂で堂々と見せつけてくれたのだ、幸せなカップルのそれに耳を傾けてしまったことぐらいは、許してほしいと思いながら意識を本へと戻す。

「あーっレオ姉見つけたー!!」
「なによ騒がしいわねぇ、」

振り返ってみればそれは同じ学科の男子学生数名。

「あのさ、今日合コンなんだけど、」
「人数合わせならお断りよ」
「えっなんでだよー!」

予想できた問いに、その言葉が吐き出されるより先に答えれば、それまた予想できた非難と悲嘆の声。

「レオ姉フリーだろ?」
「お生憎様、私はちゃあんと好きな子がいるんだから」
「えぇぇっ!?」
「れ、レオ姉嘘だろ…!?」

好きな子くらいいるに決まってるじゃないと心の中だけで続けてみれば、まるで裏切られたとでも言いたげな顔が、やがて面白いものを見つけたようなそれに代わりにやりと、椅子に座っているために低い位置にある玲央の顔を見下ろしてくる。

「あ、ねぇねぇそれってやっぱり男子?」
「ちょっとあなたたち…!」
「え、じゃあオネェとか?」
「失礼ねぇ」

少しばかり頬を膨らませて見せれば、見つめてくるのは丸い目、目、目。

「え、じゃあ、ちゃんと女の子が好きなの…?」
「だからそうだって言ってるじゃない」
「へぇ、なんか意外…」
「うん、なんかオネェってみんな男が好きなんだと思ってた、俺」

口々にそう言ってくる同期たちに苦笑いをひとつ。まぁ、多少なりとも偏見があるのはわかっているし、完璧に理解しろというのが無理だとも、わかっているのだけれど。

「限りなくマイノリティーだし、そういう風に見ている世間にも人間にも慣れてはいるけれどね。オネェでも普通に女性と結婚して子供がいる人もいるのよ?」
「へぇー」
「知らなかったー」
「私もきっと、そっち側の人間なんだと思うわよ」

視線を逸らしてそっと目を細めても思い起こせるのは背中ばかりなのだけれど、玲央の言葉に彼らも何か納得したようだった。

「そっかぁ…、じゃあ人数合わせでも合コン呼んだりしたらその子に悪いな」
「そうだよなぁ、なんかごめんねレオ姉」
「いいえ、それよりあなたたちも早く可愛い恋人捕まえなさいな」
「おう!頑張ってくるぜー!!」
「レオ姉じゃあねー」

玲央に声をかけてきたときより、少しだけ落ち着いてけれど明るくなって食堂を出ていく彼らに軽く手を振った。
根は決して悪い男たちではないし、それどころかこうして気遣うということも知っていて、素直で。出会うことさえできれば、きっと素敵な女性を捕まえることもできるだろう。
そんなことを考えながらゆるく眉尻を下げてその背中たちを見つめ、本へと意識を落とす。
獣医師の主人公がヒロインとのマリア公園で会う約束にそわそわと落ち着かないこの場面の裏側ではきっと今頃、その仲を快く思わない看護師の女性がオリーブオイルを塗ったゴムボールを犬に飲ませているところであろう。こういう、いわゆる悪女と呼ばれるような女性も、嫌いではない。
さあて、今日はちょっと早く帰らなきゃねぇ、なんてひとりごちて乾いたページをめくった。







インターフォンが鳴った。時計を見れば7時を少し過ぎたところ。ケトルのスイッチを入れて、玄関へと向かう。
誰が見ているわけでもないけれど、1度深呼吸をして落ち着く。平然を装ってドアを開けば目の前には、見慣れた顔。

「…、こんばんは」
「いらっしゃい、なまえ」

一歩引いて部屋へ入る道を開ける。なまえが部屋に上がるとき、かすかにシャンプーの香りが玲央の鼻を掠めた。日中とはいえかなり冷え込むようになった師走である、この少女のことだ、他意なんてなく暖を取るためにシャワーを浴びてきたのだろう。

「来ないかと思ったわ」
「…幼馴染の家に来るくらいいいじゃないですか、玲央先輩」
「ならその話し方やめなさい」

えー、なんて笑いながらリビングへ向かう背中を見つめる。

何が食べたいの、なんて問いかけに冷蔵庫のもの勝手に使っていいから適当にやっていいわよ、と返してソファーに沈み、そういうの一番困るという声を遠くに聞きながら考える。



始まりはいつだったか、まだ彼女も自分も高校の制服を着ていてその頃既に男とは交際をしていた。
喧嘩をしたと言って部屋に飛び込んできたなまえの口を、ついうっかり塞いでしまってこちらの気持ちを伝えるしかなくなってしまって、そのままなし崩し的に浮気のようなことをさせていた。
1つ下のなまえとは幼馴染で、彼氏とはいえ所詮同級生のあの男に負けていない自信もあるし、そのくらい彼女の中で大きい存在でいるという確信もある。
彼氏である高尾とかいう男と半同棲のような生活をしているのに、ひとりになるとこうして自分のところに夕食を摂りにくる。我ながらよく刷り込んだものだと笑みが零れる。
大学に入る春、合図のためにとプレゼントを称して贈ったものの意味を、彼女はわかっているのだろうか。


「できたよー」

気付いたときには声がかかり、運ぶ手伝いがいるだろうとキッチンに向かう。

「いただきます」
「はいどうぞ」

今日はちょっと自信作なんだよ、なんていうなまえを見つめて、手を合わせる。







「…なにか話があったんじゃないの?」

食事を終えてキッチンで食器を洗う背中に声をかけると、小さな肩がぴくりと震えてほんの少しだけ動きが遅くなる。

「いまの、ここで作ってないでしょう?家で作って持ってきたわよね?」

冷蔵庫にあったのはなんだったか、確か多く入っていたわけではないと思っていたのにぽんぽんと出てくる料理、部屋に入るときから合わない視線、普段に増して饒舌な彼女。自分だってそこまで鈍いわけではないのだ。

そっと後ろから抱きしめればその動きは完全に止まる。
シンクを覗き込めば案の定、使った食器と一緒にそこにあるのは空のタッパーと温める程度にしか使われていないであろうフライパン。

何も言われないのをいいことに、そっと脇を撫で上げればその手は掴まれ動きを止められる。さあて、どうくるか。

「ねぇ、こんなのもうやめ…ッ」

振り返ったなまえが言い終える前に、その唇を塞ぐ。言わせない、言わせてなるものかと、このまま呼吸さえも奪えてしまえたら、なんて頭の片隅でぼんやりと考える。
抵抗はするものの全力ではないのだろう、たとえ全力だったとしても男の力にかなうわけがないのだけれど、そんな彼女の両手をシンクの縁に縫い付けてしまうことなんて容易い。
そうして揉みあっている間に、なまえの手首から時計が落ちた。そのまま指を絡めて、引き寄せて抱きすくめてしまえば、もう彼女は抵抗することもやめてしまうのだ。

「受け入れたのは、あなたでしょう?」

唇を離して耳元でそう問いかけてみれれば、酷く顔を歪めて視線を落とした。
狡いことをしている自覚はある。それでも、今両腕に収まっているこの温もりが、ここにあってくれるなら、なんでもよかった。

「愛しているわ」

彼を突き放せないあなたの優しさもずるさも、全部。
昔誰かが言っていた。「曖昧なのは人を傷つけるけれど、好きは誰も傷つけない」。それが本当なら、胸に渦巻くもやもやは嫉妬でもなんでもなくて、今頬を伝うこれはきっと気のせいなのだ。



しばらくして体を離すと、伸びてきた指は玲央の頬をそっとなぞって、ゆっくりと降ろされた。その手を掴んだけれど、はっとしたように軽く振り払われて、視線を逸らされた。

「高尾くん、迎えに行かなきゃいけないから…もう帰るね…」
「…タッパーは置いていきなさい」
「ごめん、ありがと」

短い会話を交わしながら、時計を拾ったなまえは手早くコートを羽織って袖の中に指を隠してしまう。
合わない視線に寂しいなんて痛める心は、玲央にはもうなかった。
曖昧だとしても、向けられている好意もはっきりとわかるのに、どこで何を間違えたのか、玲央にはもうわからない。

「じゃあね、気を付けて」
「………、また、ね…」

出ていく後ろ姿を見送りながら、かけられた言葉に震える。
私はあなたがどちらかを選ぶまで、無理に押すつもりはないけれど、手を引くつもりだってもちろんないのよ。


ねぇ、はじまりは、引き寄せたのは確かに私だったけれど
最初に間を作ったのは、間違いなくあなたなのよ?



共犯者
(その薬指から消えているものに)
(きっと彼も気付いているでしょうね、)





*共犯者 / song by 平川大輔
*special thanks 梅野うめさん








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