■ 自由に生きてと、きみは泣いた。

 透明な硝子ケースの内側。悠々と泳ぐ魚の群れを眺めながら、仁王は魚の動きに合わせて指先をつつ、と横にスライドさせた。
「ようさんおるのう」
「水族館とはそういうものでしょう」
 薄っぺらいパンフレットをぱらぱらとめくり、プレートに書いてある説明にも柳生は目を通していく。子供用にふりがなを打たれたその説明書きは中身も子供向けの内容になっていて、ここにいる魚の詳しいことは結局わからずじまいだ。
 不特定多数の人々の指紋がついた硝子に自分のものも加えて、何度も硝子ケースの前を仁王は往復する。
「ここにおる魚とか亀とか、ずっとここに閉じ込められとるんかな」
「そもそも彼らに飼われているという概念は存在するのでしょうか」
「こんなにせ物の海ん中で、死ぬまでおるなんて可哀想じゃのう」
 本物の海はこの硝子ケースと比べ物にならないほど大きくて、自由だ。同じところを何度も往復しなくたって、どこまでも新しい場所へ行ける。
「よっぽど彼らの方が自由に見えますがね」
「俺は柳生と一緒ならなんでもいいき」
「では、私とこの水槽に飛び込んでくれますか?」
 柳生が言うと不思議と冗談に聞こえない。仁王はぱちぱちとわざとらしく瞬きをしてみせた。パンフレットに向けられていた視線は、真っ直ぐと仁王に注がれている。
「俺はエラ呼吸できんよォ柳生」
「仮初めの自由の隣で死ねるんですから。そういうのがお好きでしょう、仁王くん?」

 柳生が笑う。仁王も笑う。
 これが二人の、不自由な関係だ。



End.
2014/5/20
title by 空橙

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