■ 醜く歪んだ三日月のような冷徹

暗殺処女シリーズ


 いくら家系といえども必ず跡を継がなければならないなんて、本当に自分は運がないとつくづく丸井は思う。丸井家の長男として生まれてしまった以上、丸井は代々継承されてきた“暗殺”という家業に勤しまなければならない。祖父母も両親も叔父叔母や従兄弟までみんな暗殺者。そっちの世界でウチはかなり有名らしい。幼い頃から丸井は様々なことをやらされてきた。毒を飲んだりナイフの使い方を覚えたり、一般家庭に生まれたならば知ることもなかったでろう膨大な知識を叩き込まれた。
 そんな丸井の夢はパティシエになることだ。パリに行って修行をして、自分の店を持つのが目標である。両親に言ったところで許してもらえるはずがないのはわかりきっているので、一度も口に出したことはない。丸井はこっそり調理器具を揃えて、母親の目を盗んではキッチンでお菓子を作る毎日を送っていた。

 そんな丸井に、元服の日が近付こうとしていた。元服というのは正式な暗殺を初めて請け負い遂行することをいう。そこで初めて暗殺者として認められるのだ。
 広間に来るよう両親に呼ばれて、話の内容が元服に関することであるのは薄々感付いていた。しかし丸井は未だにパティシエへの夢を捨てきれておらず、気持ちは揺れたままだ。

「貴方本当は家を継ぎたくないんでしょう?」

 開口一番、母親は丸井の心を見透かしたようにそう言った。膝の上の拳を軽く握りしめ、丸井はうつ向く。
「貴方が隠れてお菓子を作っていたのはお母さんも、勿論お父さんだって知っているわ」
「………」
「でもねブン太、貴方は長男なの。この家を、丸井家を継がなければいけないわ」
 丸井は目の前に突きつけられた事実にやはり納得がいかなかった。どれだけ頑張ったところで、自分の夢が叶うことはない。それをすんなりと受け入れられるはずがない。
「やっぱし、ダメ……か…」
 丸井がうつ向けていた顔を僅かにあげ、両親の顔を見る。父親は腕を組んだまま目を閉じ、何かを話す気配はなかった。
「お母さんね、お父さんとすごく話し合ったの。ブン太は頑張りやさんで、素敵な夢をもってる。私たちもその夢を無下にしたくないわ」
 そこでようやく父親が目を開いた。丸井はその目をじっと見つめた。
「暗殺家業は必ずおまえに継いでもらう。これだけは何があっても変わることはない」
 丸井はやっぱり、と肩を落とした。これが長男の宿命。それ以上でもそれ以下でもないというのか。

「まだ話は終わっていない、ブン太」

 依然拳を握りしめたまま、父親の言葉に丸井はもう一度顔をあげた。
「暗殺家業を優先することを条件に、もうひとつの夢を追いかけることを許可する。両立できないようならすぐに諦めろ。以上だ」
「……っ父さん……母さん……!」
 思いもよらなかった展開に、丸井は嬉しさのあまりその場で踊り出してしまいそうだった。
 ずっと夢だったパティシエに、なれるのだ。父親から直々に許可がおりた。もうこそこそしなくても、堂々とお菓子作りにいそしめるのだ。

 これから先何が起きるかなんてわからないけれど、光がさしたことに違いなかった。

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