■ 例えばこの手が動かなくなったら
握りしめた手は震えていた。
一人は怖い。誰よりもそのことを知っているのは紛れもない、幸村だ。病室の、白いあの空間の中に取り残される気持ちなんてブン太には想像もできない。
瞼を閉じた幸村を見つめながらブン太は唇を噛み締めた。何もできない自分の無力さにどうしようもなくなる。こうやって側にいることしかできない。気のきいたことのひとつも、言えない。
幸村がいつも無理して笑っているのを随分前からブン太は知っていた。
テニス部のレギュラーみんなで来たときはきまっていつもにこにこしている。部の近況を報告して、他愛ない話をして。
すうっと目を細めて、幸村はときどき寂しそうに吐息を漏らす。そっと、会話に溶かしこむように。
「幸村くん……」
あの表情を見るたびにブン太はやるせなくなる。幸村は決して自分の弱い姿を見せようとはしない。そう、誰にも、だ。
「……あれ、ブン太?きてたんだ、起こしてくれればよかったのに」
ゆっくりと体を起こしながら幸村が言う。
ブン太は幸村の顔を直視することができなくて思わず顔をそらしてしまった。
「ブン太……?」
きっと今ブン太は今にも泣き出しそうな顔をしているに違いない。
「ねえ、なんで泣いてるの?」
躊躇いがちにのびてきた腕をとって、ブン太は幸村の胸に顔を埋めた。漏れそうになる嗚咽を堪えて、幸村と体温を共有する。
「どうしてブン太が泣くの…?」
俺はずっと我慢してるのに、ブン太ばっかりズルいよ。
ブン太が涙でぐちゃぐちゃの顔をあげれば、ぱたぱたとあたたかい粒が頬に落ちた。
「今だけ……今だけだから」
どうしてブン太が泣いているのか、きっと幸村はわかっているはずだ。だからそれ以上言及しようとはせずに、でも離そうとはしない。
幸村が声をあげて泣くのを、ブン太ははじめて見た。
そうしてブン太も一緒になって、声が枯れるまで泣いた。
End.
title by 追憶の苑
[ 退廃的なお題 3 type:1 ]
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