■ 視線上に踊る蝶々
うつむいたときに伏せられる瞳は、一体何を映し出しているのだろう。それは道端に咲く花であったり、文庫本の活字であったりする。
その視線の先を追うのが仁王のちょっとしたマイブームだった。少し離れた場所から、柳生の動向をたどる。
今は教科書。次に見るのはなんだろうか。そんな折、窓から迷い込んだ蝶々がひらひらと目の前を横切る。ちらりと、視線が移動した。舞い込んだ揚羽蝶は教室をぐるりと一周して廊下の方へと飛んでいく。その軌道は一定せず、柳生の視線も合わせて浮遊した。
その視線を揚羽蝶から離す方法を仁王は知っている。ただ一言を言うだけで、柳生の視線を独占することができるのだ。
でも、まだしない。視線はまだ揚羽蝶を追っている。
揚羽蝶が隣の机にとまった。羽を閉じたり開いたりしながら、そうしてまた飛び立つ。
柳生が立ち上がった。そっと揚羽蝶に近付いて、羽をぴたりと合わせて片手でそっとつまむ。
為すすべのない揚羽蝶は六本の足をしきりに動かす。
半開きになっていた窓を全開にして、柳生は外に向かって揚羽蝶を放した。
「柳生」
飛び立っていく揚羽蝶の姿を見ることなく、柳生の視線が仁王に向く。
仁王は柳生の名前を呼ぶだけで、その視線を独り占めにできるのだ。
「なんですか、仁王くん」
蝶々、綺麗じゃったな、と仁王が言えばそうですね、と柳生が微笑んだ。
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