■ だって心を奪われたから

 ふりぬかれた足の軌道が、仁王にはまるでスローモーションのように見えた。
 呆気にとられている仁王を余所に柳生が一人、また一人と人を薙ぎ倒していく。
 制止の声さえもとっさに出てこず、ただ目の前の光景を呆然と見つめることしか仁王にはできない。
 暫くしてようやく柳生がこちらを振り向く。柳生の周りには腹を抱えて蹲る不良たちの姿が見えた。

「……お怪我はありませんか、仁王さん」

 さきほどとはまるで別人の表情の柳生は、仁王の顔を心配そうにのぞきこむ。
「ウチは……へーき。柳生こそ大丈夫なん?」
 柳生の右手は薄く血で汚れている。あれだけ豪快に殴りとばせば血ぐらいつくだろう。
「私のものではないので……あとでよく洗わなければいけませんね」
 地面に倒れている輩はぴくりとも動かない。それがなんとも不気味だった。
「彼らもしばらくは動けないでしょう」
 腰が抜けて立てない仁王を支えながら、柳生が肩をかしてくれる。
「……なんで、助けてくれたん」
「さあ、何故でしょうね」
 そのまま柳生に背負われる体勢で、仁王の身体がふわりと宙に浮く。
「そうですね……強いて言えば」
 柳生が肩越しに振り返って、柔らかく微笑む。
「女性が困っているところを、黙って見過ごすわけにはいきませんから」

 仁王はなんだか照れくさくて、柳生の肩を掴む手にぎゅっと力をこめる。
 小さくありがと、とこぼせばどういたしまして、と言われて、胸がしめつけられる。

「ウチ、柳生が好きなんよ」
「ええ、知っていますよ」

 告白さえもさらりとかわされて、しかしまた嬉しそうにこの紳士は微笑むのだ。
 そうして一言、私もですよ、なんて言って、仁王を困らせるのだ。



End.
title by 休憩

[ prev / next ]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -