■ phantom pain 2
赤髪の女の子が強姦されている現場に出くわしたことがある。厄介ごとに巻き込まれるはめんどくさいし、助けた後女の方に言い寄られるのが目に見えて萎えた。可哀想だとは思うけれど、思うだけ。
助けてはやらない。
ブン太に初めて会ったとき、前にどこかで会ったような、そんな錯覚に陥った。その時はただの気のせいだろうと思ったけれどどうしてもひっかかって、記憶を捻り出したときにふっと浮上したのがあの時のことだった。
といっても強姦されていたということはあの時の赤髪のコは女の子であったに違いない。ブン太の性別は正真正銘男だ。やはり気のせいだったのだ。文字通りブン太とは初対面で、テニス部で知り合った。それより前の出会いなんて存在しない。
「俺さ、男にゴーカンされたことあって…ー」
ブン太のその一言で、仁王の奥底で燻っていた記憶が一気に氷解した。
嗚呼、ああ。
あれは、あの時のあのコは、丸井ブン太だったんだ。
あれ以来ずっと夢に見て苦しんでいること、嫌われるのが嫌で誰にも話せなかったこと、それでも仁王には話そうと思ったこと。
ぽつりぽつりと、ブン太は時折辛そうな表情を見せながらそれでも話し続けた。
そんな中もはや罪悪感とも呼べない後悔が仁王を包んで、呑み込んでいく。
「……なんでおまえが泣いてるんだよぃ」
突然泣き出した仁王にブン太は面食らったらしく、どうしてよいのかわからないのだろう、しきりに右手を宙にさまよわせている。
「仁王……?」
「ごめん……ブンちゃん、俺はブンちゃんを見捨てたんじゃ……あの日、」
やんわりとブン太の手を制しながら、仁王は震える唇で真実を紡ぐ。
「仁王、それってどういう…」
「俺は襲われとうブンちゃんを見てみぬふりして、逃げたんじゃ。……たすけていう声も聞こえたんに、俺はブンちゃんを見捨てたんじゃよ」
「……っ」
「嫌われて、幻滅されるんはブンちゃんやのうて俺なんじゃ」
もうそこからは言葉にならなくて、純粋に“おわった”、と思った。仁王こそが嫌われて当然のカミングアウトだ。
「仁王……顔あげろよ」
涙でぐちゃぐちゃになった顔をあげるなりブン太は思い切り仁王を抱き締めてきた。仁王はブン太と目をあわせるなんてできなくて、またうつむいてしまう。
「なあ仁王、俺はおまえを嫌いになったりしない。罪悪感がなければ涙なんてでないし、な?本当のこと話してくれて、俺はうれしい」
「だって普段人にペテンかけてるやつが嘘つきとおすことは選ばずにそれこそ俺よりもっと言いづらいこと言ってくれたってことだろい?」
「っ、ブンちゃん……」
「だからもうさ、終わりにしようぜ。俺たちはきっと前を見るべきなんだよ」
ふっきれたと言わんばかりにブン太はもう一度仁王を抱き締めた。
仁王もブン太の背中に腕をまわして抱き締めればブン太はせきを切ったように泣き出して、二人で気の済むまで泣いた。
End.
title by Discolo
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