平和になった世界で暮らしてます | ナノ


3

 暗い暗い牢の中。
 僅かな月明かりだけが頼りのこの牢の中で、黒衣に身を包む男は静かに思いに耽る。

『あ……あ……』
『子供、か?』
『ひっ』
『おい、そいつじゃないか? バステカの息子ってのは』
『それっぽいわねぇ。にしても、まだ小さいわね』
『小さいと言えど、力は本物だろう。あの魔王の息子なのだから』
『此処で殺しておくべきだな』

 それは、五年前の記憶。父親である魔王バステカが、勇者達によって討たれた日。それは、男の全てが変わった日でもあった。魔王の配下と一緒に逃げ惑う最中、落ちて来た瓦礫に目をやられ、そのまま瓦礫の中に埋まった。魔王の手下たちは我先へと逃げて行き、身動きが取れない状態でいた男の前に、その一行は現れた。
 恐怖で、もう殆ど見えない目から涙が零れる。

『……行くぞ』
『は!? おい、こいつはどうすんだ!!』
『放って置け。まだ小さい、脅威になる事はないだろう』
『ちょっと本気?』
『もし、父親と同じように世界をどうこうしようものなら――その時に、始末すればいい』

 不意に目元を覆われた。殺される。一瞬身を硬くした男だったが、肌に感じる温かさに徐々にその身体から力が抜けていく。痛みも、和らいでいく気がする。

『おいおい。まさかその目、治してやったのか』
『どう言うつもりだ』
『全く甘いんだから。ホントに脅威になっても知らないからね』
『……そしたら、また一緒に戦おう』

 『治した』。
 その言葉に、男がゆっくり目を開ける。ぼやける視界、だが確かに何も見えなかった筈の目に、視力が戻っている。不鮮明な視界の先、笑いながら去って行く四人組がいた。その中でも、三人の大人に囲まれた銀髪の男の姿だけが、その男の脳裏に焼き付いたのだった。


「勇者……」


 小さな呟きが、闇に溶ける。
 魔王バステカの息子・ノアは、パレードの日に見た美しい銀髪を持った勇者を思い、一人牢の中で膝を抱えるのであった。





 いつ振りだろう、ここへ来るのは。

「変わったな、ローレンも」

 賑わう街は喧騒に包まれ、俺は以前とは違う王都に少し眩しさを感じた。勿論、良い意味でだ。赤黒い雲が覆っていた時代は、人の声なんて一切しなかった。皆いつ来るかも分からない魔物たちに怯え、外に出る事はなかったから。そう、死の街と表現されても可笑しくなかった。それ程までに衰退していたこの王都が、よくも此処まで持ち直したものだ。
 きっと相当苦労しただろうに、今の皇帝陛下は。若いのによくやるよ。

「アルフ・ヴィクターか?」
「ん? そうだけど?」

 ボーッと街を見渡してると、後ろから衛兵に声を掛けられた。どうして俺の名前を知ってるんだろう。不思議に思いながらも素直に答えると、衛兵はそのまま俺に城に行くように伝え、その場を去って行った。何だったんだ今の。
 つか何で城に行くんだ? 大会は明日だろ? そんな俺の素朴な疑問は、城についたら直ぐに解決することになる。

「……すっげぇ人の数」

 思わず目を瞠った。城の中には既にたくさんの出場者がわんさかおり、各々自分の技を磨いている様だった。もしかして、出場者全員を当日まで面倒見る気なのか? まさかそんな事ある筈が、と思っていた俺の考えは良い意味で裏切られ、本当に全員分の部屋が用意されていた。金持ちすげぇ。

「特別枠の方ですね? どうぞ此方へ」

 城の様子に呆気にとられる俺に、再び兵士から声が掛かった。あれ、この感じもしかして良い部屋にでも案内してくれるのかな。と言う俺の淡い期待は見事に裏切られ、案内されたのは他の出場者達の棟とは離れた位置に存在した小さな部屋。

「えっと?」
「申し訳ありません。エイブラム隊長からこの部屋を使わせるようにと……」

 誰だよエイブラムと一瞬思ったが、恐らくは俺を此処へ呼んだあの堅物隊長さんの事だろう。何と言う嫌がらせ。呼んどいてこの仕打ちはどうなんだと内心毒づくも、無駄に煌びやかな部屋を勧められても堅苦しく感じてしまうし、これ位が丁度いいのかもしれない。
 俺は申し訳なさそうな兵士に気にしないでくれと声を掛け、部屋に入る。中は小部屋なだけあり狭く、寝具しか置かれていない。おまけに普段から換気を行っていないのか少しかび臭いな。まあ長居をするつもりもないから別にいいか。寝台に浅く腰掛け、備え付けてある小さな窓から外を眺めた。城の庭でそれぞれの技を試しているのか、出場達が各々ペアを組み戦っている。
 剣士、魔術師、あれは格闘家か? 本当に色んなヤツらがいるな。どれ程の人を集めたんだろう、かなりの規模の大会になるだろう。

「さてと」

 それはさて置き、俺は俺で目的があって来たんだ。それを先に片付けよう。そう思い立ち上がった瞬間、コンコンと扉が叩かれた。先程の兵士がまだ何か用事でもあるのかと思い、何の迷いもなく扉を開けた俺は、予想外の人物が目の前に居る事に驚いた。

「えー、何か御用で?」

 何故隊長さんが此処に居るんだ。しかも態々扉まで叩いたと言う事は、俺に用があって来たんだよな。残念だけど俺からは何の用事もないんだよな。

「フッ、今しがた兵士から、貴様が到着したとの報告を受けてな」
「はあ、そーですか」
「逃げ出さずによく来たじゃないか」
「はあ、そーですね」

 何と言う気のない返事。我ながら態度が悪い。けど、俺のやる気見事に削いでくれたからこんな態度も仕方がないだろう。忙しいんだけど俺、部屋の嫌がらせに留まらず直接の嫌がらせに乗り出すとは、なんと根深い人間なんだ。堅物を揶揄うとこうなるんだな。よく覚えておこう。
 何だか段々と面倒になって来たな。

「あのー、悪いんですけど俺忙しいんで行っていいですか?」
「……王都で何をするつもりだ?」

 王都に親しい人間が居る訳でもない事を知っているのか、俺の用事を聞き出そうとする隊長さん。だがその質問に答えられず、俺は「んー」と首を捻った。コイツに言えば間違いなく止められるし。しかしそこで唸る俺を怪しく思ったのか、怪訝な顔をした隊長さんが釘を刺してきた。

「いいか。くれぐれも変な真似はするなよ」
「変な真似って何だよ」
「ただでさえ魔王の息子を野放しにしてあるんだ。厄介ごとが増えては堪らん」
「……へえ、牢を出してもらえたんだ」
「――何でもない。いいか、貴様は俺が倒す。今日はそれを言いに来ただけだ」

 それだけ言って、隊長さんは去って行った。それだけ言いに来たってマジか。どんだけ目つけられてんの俺。余程アイツにとって皇帝陛下を馬鹿にされるってのは我慢ならないらしいな。
 何だかドッと疲れた気がして思わずため息を吐く俺だったが、扉を閉め、部屋の中に戻った。

(まあ、何だ。俺の目的はなくなってしまったようだし、やる事ないな)

 牢の中で、明日をも知れぬ身の魔王の息子とやらを見ようと思ったけど、牢の外へ出されたんなら行く意味がない。きっと勇者様がどうにかしてくれたんだろう。自分の為に傍に居たいと言う輩を、無碍にはしまい。でも忠誠を誓うだなんて、ホント、魔王の息子とは思えないぜ。
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bkm