平和になった世界で暮らしてます | ナノ


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「え? バステカの息子?」
「そう。あの魔王の息子が生きてたらしいのよ! しかもそれが先日のパレードの時に乱入してきて、勇者様に忠誠を誓うとか言ってきてさっ」
「ちょっと待て」

 俺は興奮気味に話す村娘を一度止めた。待て待て。情報が一気に流れて来て理解出来んぞ。バステカってあの魔王だよな。その魔王の息子が何だって?

「つか何で出て来たんだ? その息子。殺される可能性の方が高いだろ」
「何でもまだ子供だったその子を、勇者様が見逃してくれたんだって。仲間は殺した方がいいと言ってたけど、それを聞かず勇者様はまだ小さいからと生かしてくれた事に恩を感じてるんだって」
「へえ……それで、恩を返すために忠誠を誓うとは、魔王の子供とは思えねぇな」
「けどバステカの子供って事で、今は王都の地下牢に入れられてるらしいよ」
「は?」

 いい話かと思いきや、何やら雲行きの怪しい話になって来たぞ。

「それで、その息子はどうなるんだ?」
「さあ、そこまでは……でも、勇者様は牢に閉じ込めるのを嫌がってたみたいだよ」
「ほー良いヤツじゃん勇者様」
「魔物を使役するつもりもない、全部勇者に捧げるとまで言ってたけど、あの魔王の息子だもん。自分の親を討った勇者様をもしかしたら殺すつもりかもしれないしね」
「……いや、その線はねぇと思う」
「え?」

 俺の呟きに反応した村娘に、俺は慌てて首を振った。

「あー何でもないわ! 俺、この後山まで行かなきゃいけねぇし、もう行くわ」
「また山に行くの? この前みたいに大きな魔物が居たら……」
「それ倒したの俺だから。大丈夫、もうこの辺には居ねぇし、あんなことは滅多に起きねぇよ」
「気を付けてね」

 少し心配そうな村娘の頭を撫で、安心させてやる。雑魚しか残ってないと思ってたけど、まさかまだあんなデカいヤツが居たとはね。いくら前より平和だからって、まだまだ油断は出来ないってことだよな。

「じゃあな」

 この先も、俺がこの村で平和に暮らしていく為にも、この村だけは絶対に護り切って見せる。そう静かに心の誓いをたて、俺は護衛の仕事に向かった。





 朝から何だか騒々しい。馬を走らす音や、大きな声で何かを言い合う声に、俺の意識は徐々に戻されていった。窓の外を見ると、まだ日が昇ってそう経っていない。こんな朝っぱらから一体何の騒ぎなんだよ。寝台から起き上がると、俺は寝ぼけ眼のまま外に出た。

「何かあったのかー?」
「アルフッ」

 すると出た先で長老と数人の村人と出くわした。珍しいな、長老がこんな所を出歩いてるなんて。そう思ったのも束の間、俺はこの村に全く似つかわしくない集団を見て目を丸くした。

「は? 王都の軍が何でこんな所に?」

 成る程、馬の音はコイツらが乗って来た馬の音だったのか。通りで凄い数の音だと思った。それにしても、どうして軍がこんな田舎の村に来たんだ? 遠征か何かか?
 だがヤツらの表情からして、ただ立ち寄っただけの顔はしていない。

「この村に、若い男は居ないと言わなかったか?」
「彼はこの村の用心棒。彼を村から離すことは出来ぬ」

 この隊の隊長だろうか。随分と強面の男と目が合った。醸し出す雰囲気や隙のない身のこなし、屈強な肉体から相当場数を踏んでいそうだ。一目見て、やるなコイツと分かるほどには。

「人手ならローレンから派遣すると言っているだろう」
「だが、この近辺にはまだ凶悪な魔物が居るやもしれん。この間も、村が手薄の時にトラゾウスがこの村を襲いかけた。それを、このアルフが仕留めてくれたんだ」
「ほう……トラゾウスを、一人でか?」

 周囲がザワついたのが分かった。そりゃ一応凶悪な魔物として認定されている魔物だからな。俺みたいなのが倒したとなりゃ驚くよな。と言うか、今の情報態々言う必要なかったんじゃね?
 一気に視線が俺に集まり、居心地が悪くなった俺は「あー」と言葉を濁しながら咄嗟に嘘を考える。

「その、大分弱ってたんでー」
「成る程。手負いの獣か。一人でA級に挑む馬鹿はさすがに居ないだろう」

 アハハと適当に笑っておく。悪かったな馬鹿で。
 でも隊長さんの興味が逸れたお蔭で、周囲の目も俺から外れた。助かったわマジで。ホッと一安心。だが、それでもコイツらが村から出ていく気配はない。俺はコソッと傍に立つオヤジさんに聞いてみた。

「それで? 何の騒ぎ?」
「ああ、今王都で陛下主催の闘技大会が行われるそうなんだが、世界中から猛者を集めてくるようにとの御達しらしく、こうして若くて腕の立つ男を捜して回ってるとか何とか」
「へえ、闘技大会ねー。面白そうだな」
「おいおい、まさか行くのか?」
「ハハッ、行かねぇよ。俺にはこの村を護るって役目があるからな」

 俺の答えに満足げに笑ったオヤジさんは、未だ帰らない軍隊に向って声を投げ掛けた。

「この村には、もう若い男はコイツ以外にはいない。コイツも行かないと言ってるんだ。もう帰ってくれよ!」

 静かで、何の変哲もないこの村に、鎧を着込んだ軍隊はやはり似合わない。他の村人達が見たらきっと不安がる。早い所帰ってもらおうと言うのが、俺達の総意だ。だが、それがこの男に伝わる事はなかった。

「その男のようにまだ隠しているとも分からぬ。悪いが村を調べさせてもらうぞ」
「そんな勝手真似は……!」

 食って掛かったオヤジさんの喉元に、鋭い刃が突き付けられた。ヒッとオヤジさんが顔を蒼くさせ、その場に尻もちをつく。長老や他の村人が慌ててオヤジさんの元に駆け寄った。何と言うか、身勝手な兵隊さんだな。

「大丈夫か!?」
「あ、ああ」
「国民を護る軍隊が、国民に剣を向けるなよ」
「ア、アルフ」

 俺はそのままオヤジさん達の前に出ると、馬に乗り俺を鋭い視線で見下ろす隊長さんを見据えた。

「なら、黙って護られればいいモノを。虚言まで吐く上に食って掛かるとはな。陛下への反逆と見なされないだけマシと思え」
「反逆? 少し意見を言っただけでその言い様……国民の意思は関係ないとでも言うのか?」
「この国で暮らす以上、陛下のご遺志に従うのが国民の義務だ」
「陛下陛下って、こんな朝っぱらから馬走らして剣突き付けてくる軍隊を作るぐらい、その陛下は無能なのか?」
「……貴様、皇帝陛下を無能呼ばわりとは」
「無能呼ばわりされるような行動を、お前らがとるからだろ」

 俺の後ろで、オヤジさん達が俺を止めようと何度も声を掛けてくるが、俺はそれを無視して真っ直ぐに隊長さんだけを見据えた。その男の蒼い目が、ギラリと光る。怒りを感じているのだろう、俺へと向けられる殺意を肌で感じ、俺はまた口元が上がりそうになる。この肌がひりつく様な殺意は久々だったからつい。危ない危ない。
 まあ、間違いなくこの男は俺に切りかかって来るだろう。俺を切れるだけの大義名分が今はある。自身が仕えるこの国でもっと偉い皇帝陛下を侮辱する男が目の前に居るのだから。でも残念、黙って切られる訳にはいかないんだ。それに、俺は自分が悪いとはこれっぽっちも思わない。

「貴様……」
「てな訳で、もしまだこの村に用事があるなら、もっと陽が高い内に来てくださーい」
「何を言って――」

 明るく軽い口調の俺に一瞬気が逸れたのか、隊長さんが目を瞠った。その隙を逃さず、俺は自分の剣をトンッと軽く地面に立てた。刹那、その軍隊を囲むように魔法陣が現れた。

「なっ、これは!」
「まだまだ甘ちゃんな隊長さんは、王都の中で陛下の護衛ごっこがお似合いだな」
「何ッ!?」
「俺が送り届けてあげよう」

 此処から王都は大分道のりが遠い。優しい優しい俺が、一瞬でその王都へ送ってやる。

「じゃあな、隊長さん」
「き、貴様ッ――」

 隊長さんが俺へ剣を振り下ろした直前に、その身体は一瞬の内にその場から消えた。先程までそこに立っていた集団が綺麗さっぱり消えた光景に、思わず目を疑う村人達。その視線が、徐々に俺へと向けられた。そう言えば、此処に来てからずっと言ってなかったな。

「黙っててゴメン。俺、実は魔術使えるんだ」

 でへっ、と笑った俺に、それなら早く言えよ! と怒った村人達の怒鳴り声が、清々しい朝の村中に響き渡った。
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