平和になった世界で暮らしてます | ナノ


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 ラグリッチの災厄――それは、災厄が終わりを迎えても尚、人々の間で語り継がれていく。





「アルフー!」

 暖かい陽射し、心地よい風の中で微睡む俺を、誰かが呼んだ。
 ゆっくり身体を起こした俺は、高く積まれた藁の上から顔を出し、俺を呼んだ村娘を見下ろす。

「何か用かー?」
「用も何も、頼まれた物はどうしたのよ!」

 あ、と思わず声が漏れる。そう言えば、世話になってるばあさんから買い物頼まれてたんだった。隣の村まで行って帰って来て、良い具合に藁が積んであったからつい。

「あ、これ渡しといて」
「ふざけんな馬鹿!」
「ぶふっ」

 語尾にハートを付けて頼まれた薬を薬袋ごと渡せば、代わりに返ってきたのはパンが入った袋。どうやらこれが今回、ばあさんから貰える報酬らしい。

「ばあさんに、ありがと愛してるって言っといて」
「はいはい。アンタもフラフラしてないで、ちゃんと仕事やり通しなさいよ」
「へいへい。お前も早く嫁に行けるようにッ、あだっ!」

 言い切る前に今度は硬い殻に覆われた果物を投げられた。それは見事俺の頭にヒットし、俺はそのまま藁の中に沈み込む。ちくしょー、まだ何も言ってねぇのに。女が物を投げつけるなよ。


「……」


 果物が当たった場所を摩りながら、俺は再び藁の上に寝そべる。目の前に広がるのは青い空。数年前までは見れなかった景色だ。


「……平和になったもんだな」


 そう、ラグリッチの災厄と謂われた、この世界を脅かした災厄が、丁度五年前まであったから。空は赤黒く、風は血生臭い。緑は焼け、人が次々と化け物や謎の病で死んでいく。正に地獄絵図。それが、今じゃこんなに平和だ。
 と言うのも、この災厄の原因は、化け物の親玉――魔王・バステカが世界を征服しようとしたことより始まった。バステカの力は強大で、ヤツの配下も強い力を持っており、並の人間では敵わなかった。幾度となく戦いを挑み、その度に人間は無惨に殺され、そして国は衰退していく。そんな一方的な戦いが百年は続いたと言う。だが、そんなバステカの思惑も五年前に打ち砕かれた。そう、この無益な戦いに終止符を打った者が居た。
 それが、『勇者』だ。
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bkm