平和になった世界で暮らしてます | ナノ


4


 取り敢えず、火を囲んで身体を落ち着けた俺達は、ノアが採ってきた果物を食べることにした。もしかしたら渋いかもと覚悟して口に入れたが、案外甘くて美味かった。そしてポツリポツリと会話をする中、話題は俺が先程少しだけ話した旅の話になった。

「いつから旅をしていたんだ?」
「んー? 確か、俺が十の時だったか」

 俺の言葉に、何故かエイブラムだけでなく、ノアまで驚いた表情をした。なんだ、そんなに驚く事か?

「旅人なんて、そう珍しくもないだろ」
「だがお前が旅をしていた頃は、まだラグリッチが魔王の支配下にあった頃だろう? それなのに、そんな小さな時から旅を始めるなんて……」
「んな同情の目を向けんな。別に、苦労を感じたことはないぜ」

 俺とエイブラムじゃ、今までの境遇が違いすぎる。だからエイブラムにとって俺の話は、相当苦労してきたように聞こえるのだろが、実際は違う。

「恵まれたことに、俺の周りには仲間が居たからな」
「仲間? どんな連中だったんだ?」

 興味深そうなエイブラムに、俺は一瞬考える。何と言えば上手く伝わるだろうか。一言で言い表すのが、中々に難しい連中だからな。まあ強いて言うなら、そうだな。

「女好きのクソオヤジに、怪力ババァに、イかれた幼馴染みだな」
「……は? 何だって?」

 聞こえなかったのか、聞き返してくるエイブラムに、俺はもう一度同じ台詞を繰り返した。だがその言葉は中々エイブラムの中に入って行かないのか、エイブラムは眉間に皺を寄せ、理解しがたいと言わんばかりの顔をした。

「何だよその反応」
「いや、何でもない。仲間の話は止めよう」
「オメーが聞いたんだろうが!」
「精霊の話をしよう。無いとは思うが、貴様は王族の血でも流れているのか?」

 本当に話題を変えやがった。しかも続け様に失礼な発言しやがるなコイツ。いやいや、だが此処は冷静に、大人な俺が大人な対応しないでどうする。一呼吸置き、俺は笑顔で返答した。

「流れてねぇよ」
「だろうな」
「喧嘩売ってるのかなぁ、エイブラム君はー」

 冷静、大人な対応と言う言葉が、俺の頭から抜け落ちそうだ。笑顔を貼り付けるのにも限界がある。恐らく次は持たないだろう。最早俺の拳は、その真面目な面を殴りたいと言っている。

「そもそも、精霊と盟約を交わせる者は少ない。精霊は、礼節と血統を大事にするそうだからな」
「……血統?」
「ああ。同族は勿論だが、高貴な王族の血は、精霊にとって力の源になると聞いた」

 それで、盟約を交わしている俺に王族の血が流れているかどうかを聞いた訳か。成る程、納得納得。

「まあ貴様は血統は勿論のこと、礼節も持ち合わせていないだろうから、やはり不思議で仕方ない。よく精霊と盟約を交わせたな」
「アハハ、おいコラ面貸せや」

 引き攣った笑いで拳を握った瞬間だった。
 それは、突然起こった。

『ガアアアァァァ!!』
「――!」

 辺り一面、身体の奥まで響く、地響きのような唸り声が森中広がったのだ。しかも、その声はそう遠くない。俺達の間に、一気に緊張が走った。その場を立ち、辺りを警戒する。

「な、んだ今の……」
「どうやら、ヌシとやらのお出ましかな」

 そう言いながら、俺は急いで水の魔術で火を消した。煙で居場所を知られるとマズいと思ったから。だが、これ以上この場に居たらどの道感づかれる。今から少しでも遠く離れなければ。何だか嫌な予感もするしな。

「残念だが、休憩は終いだな。行くか」
「……」
「おい、何をしている。行くぞ」

 先へ進む為に、再び足を動かす筈が、何故かノアが動かない。ただジッと、先程唸り声がした方向を見ている。そんなノアに焦れたエイブラムが舌を打ち、傍まで行ってその腕を掴んで引っ張った。

「貴様、何を呆けている!」
「――哭いてる」

 え? と言う俺の言葉は声にならなかった。ノアの真紅の瞳が、森の奥を見据える。

「子供を殺されたって、怒って、哭いてる」

 そう呟いたノアは、エイブラムの手を振り払うと、そのまま声のする方へ走って行ってしまった。その背中にエイブラムが制止の声を上げるも、ノアはあっという間に姿を消した。呆然とするエイブラムだったが、徐々に怒りが込み上げて来たのか、肩を震わせていた。

「何故わざわざ禍物がいるかもしれない方向へ行くんだ!」
「哭いてるって、言ってたな」

 今も響くこの唸り声を聞いて、ノアはそう言った。最初ノアの言っている意味が解らなかったが、そうだ、ノアは魔王の息子なんだ。俺達には分からない魔物の言葉も、きっとノアには分かる。そしてそのノアが言ったんだ。子供が殺されて、哭いていると。
 成る程。この唸り声は、我が子を失った親の慟哭なのか。

「……俺達も行こう」
「なっ、正気か?」
「ノアの殺されたって言葉が気になる。恐らく盗賊団と何か関係があるかもしれないし、それに、目指す方向的には丁度良いしな」

 逃げ回るよりいいだろ。
 そう言って笑うと、エイブラムは呆れた様な表情を浮かべた。

「まさか、あの魔物が気になるのか?」
「は? 魔物って、ノアのことか?」
「そうだ。それに、何故かアイツは貴様に興味を持っている。だからこそ、あまり気を許すなよ。何を考えているのか分からないからな」

 エイブラムのその言葉に、俺は笑った。可笑しくて、可笑しくて。腹を抱えたくなるのを我慢して笑った。そんな俺を見て、エイブラムが怒りの声を上げる。

「何がそんなに可笑しい!」
「いやー可笑しいだろ。だってお前、何にも分かってねぇからさ」

 愉快だ愉快だと笑う俺は、そのままエイブラムに背を向け、そして剣を抜いた。刀身に光が反射し、鈍く光る。それが、酷く不気味に見えたのだろう、エイブラムの声が少し震えている様に感じた。

「何をして……」
「人間の姿をしていようが、アイツが魔物な事に変わりはない。そうだろ?」
「何が、言いたい」

 だがそんなエイブラムに構わず、俺はエイブラムの方を振り返る。その純粋なまでに真っ直ぐな瑠璃色の瞳に、今の俺は、歪な感情を持って嗤う俺は、一体どう映っているのだろうか。

「――魔物に気を許すほど、俺は情に厚い人間じゃねぇよ」

[ prev | index | next ]

bkm