平和になった世界で暮らしてます | ナノ


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 盗賊団を追跡する旅は、最初魔力の残滓を辿る事から始まった。道中何か話す訳でもなく、黙々と足を進める俺達は、魔力を感じとれるギリギリまでその足跡を辿るのだが、陽が漸く昇り始めた頃、その足を止める事となる。

「まさか、この中を通ったのか?」

 心底驚いたような隊長さんに、俺も小さく頷いた。どうやら、その盗賊団とやらは随分と腕に自信があるらしい。でなきゃ、この森を抜けようなどとは、まず考えないだろう。此処は通称『ヌシの森』。その名の通り、この森にはヌシが居る。長年、棲み続けた魔物が。

「此処は、『禍物』の棲む森だろう?」

 隊長さんの言う通り、この森には禍物の言われる魔物が棲む。魔物とは魔王バステカが産み出した物だが、全ての魔物が魔王に従った訳ではない。強大な力を持つが、魔王の意に反する魔物を、『禍物《まがもの》』と呼ぶようになった。その意味が、紛い物の魔物と言う意味か、はたまた魔物である以上、災いを齎すことには変わらないと言う意味で付けられたのか、それは未だに分かっていないそうだ。
 そんな禍物が棲むこの森は、入ったが最後、二度と出て来れないとまで言われる。この森を、盗賊団は入って行ったらしい。足跡を辿るに、この中へと続いているから。村人どころか、滅多に冒険者なども足を踏み入れないと言うのに。

「村の女や子供達は、大丈夫なのだろうか」
「無事で済まないなら、此処を態々通ったりしないだろ」

 何か策があって決断したんだろう。この森を抜ければ、その先には港町などが存在している。確信がある訳ではないが、そう言った輩は、やはり船を用意している可能性が高い。売り飛ばすことを目的としているなら尚更。ならもう決まりだ。

「抜けるぞ」
「貴様、此処へ入ったことがあるのか?」

 迷いなく踏み切る俺を、意外そうに見る隊長さんだが、俺は首を横に振った。

「ねぇな。けど、この森を抜けなきゃかなりの大回りになる。ただでさえ距離が開いているのに、これ以上差をつけられたら追いつけなくなる」

 知らない森を抜けるのは、それなりに勇気がいる。それは俺にも分かっている。隊長さんも、きっとそれは承知しているんだろうけど、それでも不安は拭えないのだろう。表情に不安が滲み出ていた。まあ、剣も持っていない訳だし、どれ程の魔物がこの中にいるかは俺にも分からない。そりゃ不安になるか。

「怖いなら帰っていいんだぞ。今なら送ってやれるけど、どうする?」

 返ってくる答えは分かっているが、敢えて俺は笑い混じりに隊長さんにそう声を掛けた。案の定、返ってきた反応は俺の予想通り。思わずほくそ笑む。村で俺を騙した仕返しだ。

「馬鹿を言うな! 言っただろう! 足手纏いにはならないと!」

 堅物な上に扱いが簡単。隊長さんはそう強く言い張り、鼻息を荒くしながら森の中へと足を進めて行った。こんな堅物と一緒に旅とかどうなるかと思ったけど、少しは楽しめるかね。何となく感じた懐かしさに、無意識の内に笑みを浮かべる。忘れようとしていたあの頃の情景が、頭を過った。

「おい、何をしている! 早く行くぞ!」

 大きな声で呼ばれ、意識が不意に現実に戻される。森の入口で手招きする隊長さんに、俺は思わず吹き出した。さっきまでの不安げなアイツはどこへ行ったんだろうな。全く、若いっていいねぇ。勇ましいよとっても。

「なあ、そう言やお前、名前なんて言うんだっけ?」

 今更だが、先を行く隊長さんの背にそう問い掛けた。何となく、いつまでも隊長さんと呼ぶのは疲れる。城の兵士が名前を言った気がするが、覚える気がなかったから忘れてしまった。その時は、まさか一緒に旅をする事になるとは思ってもみなかったし。
 俺の問いに後ろを振り返った隊長さんは、そのまま足を止めた。そして何か考える素振りを見せた後、俺を真っ直ぐ見据えながら、己の名前を口にした。

「エイブラム・スローンだ。俺も貴様に問いたい事がある。アルフ・ヴィクター」

 その真剣な眼差しは、俺がふざけて誤魔化すのを決して許してくれそうにない目だった。

「貴様は一体、何者だ」
「……何者?」

 質問の意味が分からず、俺は首を傾げる。

「今お前が言った通りだけど?」
「そう言う意味ではない。ただの平民かと思えば、貴様は俺と初めて会った時、あの村で古き魔術を使ったな。それに城でも」
「古き術?」

 そう言われるが、心当たりがない。エイブラムといる時に使った魔術の事を考え、俺はハッとする。まさかとは思うが、『スキープ』のことか?

「スキープ……それは、今ようやく研究段階に入った、今は殆ど使われぬ魔術だぞ」
「うそ。マジか。初耳だわ」
「それにあの時、燃え盛る炎を消し去ったあの精霊術……貴様は、精霊との盟約を交わしているのか?」

 一気に問い質され、俺は目を白黒させる。とにかくだ、まず一つ言いたいのは、スキープについては本当に初耳だ。だってこれは、教えてもらった魔術だから。俺の幼馴染が魔術師だったんだが、そいつから教えてもらった最初の魔術だ。まさかそんな、今や研究対象とされてる魔術だなんてな。
 そしてもう一つは精霊について。これはまあ、話すと長くなるし、大したことでもない。

「スキープについてはよく知らん。俺も教えてもらった側だし。それに精霊とは、盟約とかそんな大層な物じゃなくて、何つーの? 利害が一致した、みたいなそんな感じ」

 は言ってない。俺にしては真面目に答えた方だ。しかしエイブラムは、徐々に表情を険しくさせていった。え、もしかして信じてもらえてない?

「貴様、真面目に答えるつもりはないのか」
「いやいや、マジだって」
「ならもう一つ問おう」

 何故だか責められる様な口調で、続け様に問われる。俺としてはタジタジだ。どう答えても、この隊長さんには伝わらない気がする。

「何故、旅慣れしている」
「……」
「村から森までの道、貴様は魔物との遭遇を必要最低限に済ましたな」
「何のことだ」
「足跡を外れ過ぎないで魔物との遭遇も避ける。普通は出来ない芸当だ」

 突き刺さる様な視線が嫌で、俺は視線を横に逸らす。本当に勘がいいなコイツ。バレない程度にやった筈だったのに。俺の腕が鈍ったのか、コイツが鋭すぎるのかは分からないが、まあ別に隠す事ではないか。俺はソッと息を漏らすと、再び鋭い視線と目を合わせた。

「それについてだが――」

 話し出したその瞬間、フと第三者の視線を背後から感じた俺は、そこで言葉を切り、剣の柄に手を掛けた。居る、何か強い力を持った何かが、すぐ傍に。まだ入り口だと言うのに、まさか禍物か? エイブラムも気配を感じ取ったのか、すぐさま臨戦態勢をとり、二人で背中合わせになった。そして、出現を待つ俺達の前に、それは現れた。
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bkm