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魔王の息子の視線にめげず、怪我人全員の治療を終えた俺は、逃げる様に隊長さんの元へ向かった。何故だかイヤに疲労しきってげっそりした様子の俺を見て、隊長さんが訝しげな顔をする。
「なんだその顔は」
「別に……治療は終わった。後はそっちに任せるわ」
説明する気にもなれず、俺は報告だけ済ませ、隊長さんに背を向けた。しかし「待て!」と何故か制止の声を掛けられる。その声にゆっくり振り返ると、やけに真剣な顔をした隊長さんが俺を睨んでいた。
「なに?」
「貴様、これからどうするつもりだ」
隊長さんの言葉に、思わず目を瞬かせる。何故そんな事を気にするんだろう。と言うか、決まり切っていること聞くなコイツは。
「どうするって、大会出るんだよ」
「……なに?」
そう告げると、隊長さんは片眉を吊り上げ、信じられないものを見る様な目で俺を見てきた。
「だって出ないと刑罰なんだろ? それは流石になぁ」
「貴様、城ではどうとでもしろと言ってなかったか」
「あれ? そうだったか?」
忘れちまったなーと鼻歌混じりでその場を去ろうとするが、尚もそいつは食ってかかって来る。
「待て! 何処へ行く!」
「んだよ、家に一旦戻るんだよ。焼かれたんだし、少し荷物の整理しとかなきゃな」
「……」
「安心しろよ。大会には間に合うように行くから」
笑って言いのける俺に、未だに疑うような眼差しを向けてくる隊長さんに、俺は内心舌を打つ。コイツ、勘が鋭いな。これ以上此処に居たらマジでボロが出そうだ。この場から早い所退散した方がいいと踏んだ俺は、「じゃあ」と片手を上げ、今度こそ隊長さんに背を向けた。
大会なんて、出る訳ねぇだろ。分かり切ったこと聞くなっての。俺は、攫われた女子供の後を追う。それしか、考えてねぇよ。
*
家の外観こそは燃やされて酷く見えるが、意外と中は無事な物が多く残っていた。それに、この大きな箱。これさえ無事ならそれでいい。旅の準備もすぐに済みそうだ。俺はその大きな箱に施されている特殊な封を解き、ゆっくりと箱を開けた。
「……ハハッ、懐かしいな」
中には旅に必要な物が殆ど揃っている。もう必要ないと思い、俺はこの箱に全てを押し込んだ訳だが、まさかまた使う日が来るとは。まあ全部は持っていけないので、俺は必要最低限の物を袋に詰め込み、旅支度を整える。日が昇り切る前に此処を出ないと、王都に居たあの軍勢が此処へ来てしまう。そうしたら、あの隊長さんの事だから「部外者は余計な真似をするな」とか気難しい顔して言いそうだし、本気で俺を王都へ送り返しそうだからな。早いとこ行こ。
恐らく盗賊は、南の出入り口から出た筈だ。きっと魔術を使って、馬の足跡などを消したんだろうが、微かにその力の痕跡を感じ取ることができた。しかし、それも長くはないだろう。こんな残滓はすぐに消えてしまう。追える内に追って、ある程度目星をつけたいところだ。
準備が整い、俺は荷物を片手に静かに家を出た。幸いなことに、辺りには誰もない。俺は闇夜に紛れ、急いで南出口に急ぐ。見張りが立っていないか、陰に隠れながら様子を窺うが、どうやら出入り口に兵士はいない。難なく出入り口を通過でき、少し拍子抜けな気分だ。と言うか、不用心すぎないか? こんな事があったのなら、普通見張りを――。
「何処へ行く」
そう、普通は見張りを立てる。俺のその考えは間違いではなかった。つまりこれは、罠。
思わず口元を引き攣らせながら、俺は後ろから声を掛けて来た隊長さんをジト目で見る。くそー、マジでこんな簡単な手に引っかかるとか、俺の勘も大分鈍ったな。
「俺が南から出るの、分かったのか」
「それどころか、あんな下手くそな演技で俺を騙せるとでも思ったのか? 貴様がこの村に関して冷静でいられる筈がない。況してや村人が攫われたとなったら尚更な」
分かった上で俺を泳がせた訳か。やってくれるなこの堅物隊長め。
「んで、俺を引き止めに来たのか? 悪いがそれはお断り――」
「いや。俺も行く」
「……ん?」
俺の聞き間違いか? 耳を疑いたくなる言葉が聞こえてきた気がする。
「何だって?」
「俺も行くと言ったんだ」
「なんで」
思わず、素直に嫌そうな声を出してしまう。それに対し、隊長さんが思いっきりイラッと感じたであろう顔をしたが、すぐに怒りを鎮めたのか、俺を真剣に見据えて話し出した。
「盗賊を追うのに、一般人の貴様一人より、俺を連れて行った方が色々話が通りやすいと思うが」
一言多いが、確かにその通りだ。何かと、この国に関しては身分の差と言うものが存在する。俺では入れないところも、王都の軍の隊長格のコイツが居れば、入れるようになるだろう。それに、調べ物などもしやすくなる。
確かに連れて行って損はないが……。
「剣も持たないヤツと一緒に旅はなぁ」
「なっ、それは貴様が勝手に飛ぼうとしたからだろう!」
俺のせいにされた。まあ、俺の魔術が発動する前に俺を押し倒そうとした訳だから、俺も関わってはいるな。俺のせいではないけどな。
「それに、剣がなくとも魔術は使える。足手纏いにはならない」
「軍はどうするんだよ」
「もう指示はしてある。皆優秀な部下たちだ。村は任せても問題ない」
そう言う隊長さんの目は本気だ。本気で俺について来る気だコイツ。恐らく魔術も本当に使えるんだろう。南出入り口を張っていたと言う事は、少なくとも魔力の残滓を感じ取ることが出来たのだろうから。
「……自分の身は、自分で護れよ」
だとすると、もう断る理由がない。好きにしろと言う意味を込めて、俺は隊長さんに背を向け一人歩き出す。その後ろを、隊長さんが静かに着いて来るのを気配で感じた。なんと言うか、何でこうなったと言いたい。一人でやる筈だった盗賊団追跡は、何故か堅物隊長を仲間に入れて行うこととなった。