平和になった世界で暮らしてます | ナノ


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 村人が全滅、その最悪の事態を免れたと思ったのに。盗賊の目的は、最初から女子供だけだったのか、男や年寄り、王都から派遣された兵士を残し、全員連れ去ったらしい。この村は元々女子供の数が多くない。両手で足りる位の人数ならば、そう危険を冒さずとも連れて行けるだろう。

「……」
「すまねぇ、アルフ。俺達が不甲斐ないばかりにっ」

 自分の妻や娘を連れて行かれた男が、自分だけ助かったその事実に涙しているのを見て、俺は首を横に振る。

「俺に謝んな。それに、自分の命が無事だったことを喜ばないでどうする。娘や奥さんに失礼だろ」

 きっと皆、自分たちが標的になっていると分かっていて、男達や年寄りのじいさんばあさんを逃がしたんだろう。常々思っていたが、この村の女達は少々勇ましいな。俺の言葉にグッと唇を噛んだ男が、悔しそうに顔を俯かせた。その腕は赤く染まっており、盗賊団に対抗したであろう背景が窺える。俺はその男の傷口に手を翳した。頑張ったんだから、そんな顔しなくてもいいのに。

「ア、アルフ? 一体何を……」
「癒しの光よ」

 俺が小さくそう呟くと、男の傷口に光が集まり、徐々に男の傷口を塞いでいく。それを周りで見ていた村人達が、一様に驚いた表情で俺を見た。何だか妙なやり辛さを感じ、俺は「なんだよ」と不満げに声を漏らす。

「いや、何度見てもアルフが魔術を使っているのに慣れなくて……」
「はあ? 何でだよ!」
「それに、まさか回復術まで使えるなんて」

 それはどう言う意味で言ったのか分からないが、恐らく良い意味ではないだろう。思わずその村人に突っ掛かりそうになる俺だったが、突如横から乱暴に手を掴まれて、掴んだ相手を見るよりも先に、反射的に反対の手で剣を構えた。だがその人物を見て、俺は目を丸くする。

「……何してんだよ」

 何故か、魔王の息子が俺の手を掴んでいた。感情の読めない真紅の瞳が、俺の手の平を見つめている。
 何がしたいんだこいつ。ただ無言で俺の後を隊長さんと一緒に着いて来るだけだったコイツが、何故このタイミングで俺に絡んで来たんだ。周りの村人も、その行動にギョッとしてるし、隊長さんも「何をしている!」と声を上げていた。

「手が――」
「は? 何?」

 形の良い唇から発せられた声は小さく、俺は聞き取れず聞き返してしまう。だが魔王の息子がそれに答えることはなく、代わりにうっそりと笑みを浮かべた。瞬間ゾワッとした得体の知れない感覚が全身を襲う。俺はその手を乱暴に振りほどくと、後ろに跳んでソイツと一定の距離を保った。いつでも剣を抜けるよう柄に手を掛け相手を睨むが、先程の笑みが嘘のように、魔王の息子は無表情に俺を見ていた。
 な、何だコイツ。マジで意味が分かんねぇ。知らず知らずの内に嫌な汗が額に滲み出る。ある種の恐怖を抱いている俺の傍で、隊長さんが魔王の息子の行動を咎め始めた。

「貴様ッ、何が目的だ!」

 だが隊長さんの言葉を聞き流しているのか、魔王の息子はクルッと軽い動作で背中を向けると、そのままデフスの中から出て行った。その背中に尚も隊長さんが声を掛けるがガン無視。その態度に、隊長さんが身を震わした。

「な、何なんだアイツは!」

 規律や礼儀に煩そうなこの男に対してあの態度、まるで反抗期の子供みたいだな。そう、本当に"人間の子供"みたいだ。得体の知れない人物がデフスから消えたことで、俺だけに留まらず、皆して大きな溜息を吐いてしまうのだった。





 そして、そう時間が経過しない内に、王都で隊長さんが言っていた先行部隊とやらが到着した。だが、村の火災が収まっている事、そして何故か王都に居た筈の隊長さんと魔王の息子がこの場に居る事に酷く驚いていた様子だったが、すぐに冷静さを取り戻し、隊長さんの指揮の元行動を開始した。
 俺は俺で、何かを言いたげな隊長さんに怪我人全てを任され、全員の傷を治す為に労力を費やしていた。自分が回復術使えないからって俺に任せすぎじゃねぇか? 部隊の中に魔術師居ねぇのかよ。そう思い隊長さんに抗議するも、隊長さんから返ってきた言葉は簡単に一言。

「貴様ほど、完璧に治すことが出来る者は居ない」

 これは褒められているのだろうか。いや、けど目が不服さを物語っているから、実は貶されているのかもしれない。結局のところ真意は読めないまま、俺は言われた通りに村人と兵士達の介抱することになった。まあ、兵士も負傷してるところを見ると、この村の為に戦おうとしてくれたって事なんだろう。その礼ってところかな、これは。
 負傷者の傍に膝をつき、俺は手を翳して魔術を使う。だが、治療を続けていく内に、俺の集中力は段々と削がれ始めた。

「……」

 誰か治療する俺のすぐ隣に座る得体の知れない魔王の息子を、どっかにやってくれないかな。マジで。気が散るどころの騒ぎじゃないんだけど。無言で俺が治療する様をただジッと見つめて来るだけとか怖いだろ。なに、何かの呪いでもかけてんの? 勘弁してくれよマジで。
 魔術を使った疲労とは別の疲労感が、俺を襲うのだった。
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bkm