平和になった世界で暮らしてます | ナノ


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「勇者」
「なに。ノア」

 フッと勇者が俺を見て笑う。
 俺を見てくれている。それだけで胸が一杯になり、俺は勇者の手を取り、頬をすり寄せる。

「くすぐったいよ」
「もっと俺を呼んで」
「ノア」

 応えるように、勇者が俺の頬を親指で擦る。あの日から、俺はもう一度勇者に会うことだけを考えて生きて来た。俺にもう一度生きるチャンスをくれた勇者。本当は、魔王の息子としてはいけないのかもしれない。自分の親を殺した仇なのだから。けど、それ以上の感情が上回る。貴方の傍にいたい、貴方の役に、貴方の手足となって動きたい。そう思う俺は可笑しいのだろうか。
 でも、またこうしてあの暗い牢から出してくれた。助けてくれたんだ。こうして、触れる距離にまで近くに置いてくれた。嬉しい、凄く嬉しい筈なのに。

(――勇者の手は、こんなに温かかったかな)

 記憶の中にある、俺の目を治してくれた勇者の手は、もっと冷たかった気がした。





 城で迎える初めての夜は、俺にとっては辛いものだった。

「くそー、アツい」

 何この風通しの悪い部屋。最悪だろ。誰だよこんな部屋用意したの。主催者側に問題があるぞこれ。
 熱さで沸き上がりそうな頭の中でそう考えるが、昼間何も言わなかったの俺だし、此処でいいと言ったのも俺だ。なんてこった。でもまさか此処まで風が通らず熱いとは思わなかったんだ。ガバッと起き上がった俺は、静かに部屋を出た。外に出れば少しはマシかと思ったけど、ビックリ。無風だ。風通し云々の問題じゃなかった。

「ん? 水の音が聞こえる」

 そう言えば噴水が至る所にあった気がする。水辺の近くのなら少し涼しいかもしれない。そう思い、音のする方へ足を向ける。少し進むと、目的の噴水が見えた。縁に腰掛けると、幾分か涼しい気がする。これで風が吹けば……そう思った俺は、辺りに誰も居ないことを確認し、深く息を吸った。
 フフッ、こう言う時にこそ魔術を使うべきなのだ。一人で風の魔術を堪能しようと詠唱しようとした瞬間、ザリッと地面を踏みしめる音がすぐ傍でし、俺は誤魔化す為に盛大に咳き込む羽目になった。

「ごほっ、おほん!」
「――」

 あっぶねぇ。いや、別に悪いことしてる訳じゃないんだけどさ、なんか魔術を使ってるところをあんま見られたくないと言うか何と言うか。まあ此処まで大袈裟に誤魔化す必要はなかったんだけど、ついね。
 などと言い訳じみたことを心の内で語っているが、そもそも誰が来たのか確認してなかった。あれ、つか俺さっき周りに誰も居ないこと確認したはずなのに、なんでこんな傍に居て気付かなかったんだろう。不思議に思い顔を上げると、深紅の瞳と目が合った。

「えっと……?」

 黒衣に身を包む男が、俺の傍に立っていた。
 
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bkm