二周年記念 | ナノ


不思議の国のナル


 目が覚めると、そこは見たこともない草原だった。いまいち現状についていけない俺がパチパチと何度も瞬きを繰り返していると、何と目の前をウサミミを生やした晃先輩が横切った。あれ、ヤバい寝惚けてるかなと目を擦るも、目の前の光景になんら変わりはない。とにかく現状を知るべく慌てて立ち上がった俺は、走り去る先輩の後を追い掛けた。

「こ、晃先輩!あの、頭に耳が……」
「……急がないと。間に合わなくなる前に」

 だが俺の声が聞こえていないのか、そのまま呟いた晃先輩はなんと目の前にポッカリ空いた穴にそのまま飛び込んで行ってしまった。

「晃先輩ッ!うわっ!」

 急いで穴の中を覗くと、急に吸い込まれるような感覚に陥り、俺はそのまま穴の中へとダイブ。そして深い深い穴の中を落ち続けていると、漸く底の方に明かりが見えた。このままじゃ地面に激突して死んでしまう。そう思い体勢を整えようとした時だった。

「ッ、海……!?」

 見えてきたのは一面に広がる水だった。いや、向こうに陸があるから湖?でも近付くにつれそれはあまり大きさがない様に思えた。
 取り敢えず下が水ならと、俺はそのまま一直線に落下した。ドボンと音を立て水の中に飛び込んだせいで、少し鼻に入った。その水はやはりしょっぱかった。

「ぷはっ。しょっぱい……海、なのか?」

 でも泳いで行ける距離に島が見える。とにかく陸に上がろう。そう思い泳ぐ。
 泳ぎ続け、漸くついた陸地。ハァハァと肩で大きく息を吸っていると、不意に地面に人影が映り思わず飛びのく。

「やっと来た」
「っ、え?」
「やっほー。大丈夫?」
「那智、先輩?」
「ナチ?何それ」

 今度は猫の様な出で立ちをした那智先輩が、ヘラヘラと笑いながら浮いていた。先輩(らしき猫?)の登場に驚く俺を余所に、先輩はスイッと森の方へと身体を向ける。

「せ、先輩」
「あっちに公爵夫人の家があるよ。そこで待ってる。迷わないでね」

 言うだけ言って、先輩はそのまま姿を消してしまった。どういう事だ。先輩はそもそも浮遊魔導なんか使えたか?いや、と言うよりあれは先輩なのか?最初見た晃先輩もそうだけど、もしかしたら姿だけ似ている別人なのかも。

「とは言え、似過ぎだよな……」

 別人とは言えない程似ている。じゃあ一体何なんだ。

「公爵夫人、とか言ってたよな」

 さっきの言葉を信じるなら、そこに行けば何か分かるかも。
 けど何だろう。何だか凄く引っかかる。公爵夫人と言う言葉、何処かで聞いた事ある気がするんだけど。靄がかかったように思い出せない。





「こんにちは」

 漸く見えた小さな家を訪ねるも誰からの返答もない。
 仕方なしに扉に手をかけるといとも簡単に開き、そしてその家の中に赤ん坊を抱いた大樹が座っていた。俺は思わず声を上げる。

「だ、大樹!」
「……」

 しかし大樹は俺をジッと見るだけ。
 いつものような明るさはなく、何処となく悲しそうに俺を見ている。

「どうしたんだ大樹。何処か具合でも……」
「これを」
「え?ちょッ」

 ズイッと俺に押し付ける様に赤ん坊を手渡してきた大樹に、俺は困惑を隠せない。

「大樹、この赤ちゃんは……うわっ」

 しかし俺の腕に渡って来たのは、赤ん坊なんかではなく何故かブタ。俺が驚いた瞬間、そのブタは、勢いよく俺の元から駆け出し、外へ出て行ってしまった。な、何だ?確かにさっきまでは赤ん坊だったと思ったんだが。

「追い掛けて」
「え?」
「早く」

 急かされる様に促され、俺は慌てて今しがた出て行ったブタを追い掛ける事にした。後ろで大樹が小さく呟くのが聞こえる。

「もう泣かないで。何があっても」

 もう泣かないで?それは、俺に言っているのか?
 疑問に思う。けど何故か後ろは振り向けなかった。





「こっちだよ。迷わずついて来て」

 ブタを追って森に来た俺の前に現れたのは、なんとまた先程の那智先輩の姿をした猫だった。その猫は俺を何処かに誘導しようとしているのか、またそれだけ言って姿を消した。でも今は少しでも早く此処から出たかった。なんだかこの森は嫌だ。

「……いい匂い」

 不意に香るお茶の匂いに、俺の身体は何故かフラフラとそちらへ向いて行く。暫く歩いて見えてきた家の前では、長テーブルを囲んで誰かがお茶を飲んでいた。しかも見覚えのある人達が。俺はその人達の前に立ち止まり、恐る恐る声を掛けた。

「あ、あの。凪さんに、尚親先輩……ですか?」

 そこに座っていた二人は間違いない。凪さんと尚親先輩だ。
 でも二人ともいつもと雰囲気違うし、先輩の頭からは耳が生えていた。晃先輩と同じ、ウサ耳が。俺の声に反応した二人はゆっくり俺の方を向き、そしてぶっきら棒に答えた。

「ちげぇ」
「そ、そうですか」
「貴方は何故此処に?」
「えっと、那智先輩に言われて……」
「ナチ?誰ですかソレ」
「え……」

 凪さんからその言葉が出ると思わなくて、俺は無意識のうちに足が後ろに下がる。

「どうしたんです?」
「いえ……俺、急いでるんで行きます」
「はっ。女王の所へでも行く気かよ」
「あまりオススメしませんね」

 女王?それこそ誰だ。
 でも女王と言って浮かんできたのは自分の従兄弟の姿だ。女王姿がよく似合う。取り敢えず、会うだけ会ってみるのもいいかもしれない。そう思い、問い掛けようとした時だった。

「あの、その女王様の所へはどうやって……」
<宗介……>
「え?」
<……きろ、宗介>

 声が聞こえてきた。頭の中で、誰かが俺を呼ぶ声。
 この声は、誰だ。

「誰かが、呼んでる……」
「ならもう行け。アイツのところには行くな」
「え?」
「これ以上此処に居てはいけない。此処は、貴方を惑わす夢の中だから」

 俺を惑わす夢?
 それは一体どういう事だ。けど、俺がその問いをする間もなく、尚親先輩と、凪さんが影の様にスゥッと消えた。


「尚親先輩ッ、凪さん!」


 二人の名前を叫んだ瞬間、辺りが白に染まった。





「――起きろ宗介!」
「……ッ!」

 突如、大きな声が俺の耳に届く。
 その声に弾かれる様に俺は勢いよく起き上がった。

「剛、さん?」
「大丈夫か?魘されてたぞ」
「それに凄い汗だ」
「凪さん……」

 そう言われ額に手を当てると、汗が滲み出ていた。
 そうだ俺、剛さんを訪ねに学園長室に来て……。

「すいません、待っている間に寝てしまって……」
「いや、俺の仕事が中々終わらなくてな。待たせて悪かった」
「本当ですよ。宗介くんが疲れて寝てしまうのも無理ない」

 くしゃりと髪を撫でられ、照れ臭さから顔を俯かせた。

「それにしても、何の夢見てたんだ?」
「えっと……」

 あれ、何の夢だっけ。
 ついさっきまで胸がバクバク鳴る程嫌な夢だったと思ったんだけど。

「皆が出て来て、けど何だか変で、不思議で、それでいて嫌な感じの夢だった気が……」
「皆って、アイツらか?」
「はい。でも、何が嫌だったのか、それはよく覚えてないんです」
「……」

 俺の言葉に剛さんは何かを考え、凪さんも難しい顔して黙ってしまった。今何か悪いこと言ったかな。不安が顔に出てしまったのだろう、ハッとした剛さんが、俺を安心させるようにまた頭を撫でた。

「単に夢だからと言って切り捨てられればいいんだが……お前が見た夢なら、何かしら意味があるのだろう」
「え?」
「それが過去に起因しているのか、それともこれから起こる事を暗示しているのか、それは俺にも分からない」

 心配そうに俺を見る剛さんに、俺は何も言えず黙り込む。
 そんな俺に、今度は凪さんが柔らかい笑みを浮かべ言った。
 
「でも、大丈夫。何の問題もないですよ」
「え?」
「だって、貴方には……」
「――お前には、仲間がいる」

 剛さんがそう言った瞬間、俺のポケットに入っていた携帯が振動した。二人に断りを入れ携帯を見る。そこに映し出された光景に、俺は思わず笑みを零した。

「そうですね……俺には、皆がいる。だから、何があっても大丈夫」

 そうですよね?
 その言葉に、二人が力強く頷いた。

「ええ」
「俺、行きますね」
「おいおい、用事は?」
「また明日来ます」

 俺が笑顔でそう言うと、剛さんがやれやれと言った具合に肩を竦め、凪さんは「いってらっしゃい」と手を振った。俺はそんな二人に一度頭を下げ、学園長室を飛び出した。
 早く、皆の所へ行きたい。逸る気持ちに、足が絡まりそうになる。


『ソースケ。暇だから遊びに行くねー』
『遅ぇ。早く帰ってこい』
『お前に土産がある。今からお前の部屋に行くが、いいか?』
『宗介、一緒に夜ご飯食べよ?蓮も誘ったから』


 皆から届いたそれぞれの連絡。
 同じタイミングで皆が揃いそうで、思わず笑ってしまう。


(そしたら、皆でご飯食べよう)


 皆で食べたら、きっと楽しくて仕方がないだろう。
 きっと、今日見た夢も笑い話に出来るぐらいに。

 大好きなみんなと一緒なら――。

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bkm