四天王と俺 | ナノ


四天王の追走

 驚愕の四天王事件(勝手に命名)から一週間が経ち、大変喜ばしいことに俺の生活には再び安寧が訪れた。あれから四天王を見掛けることもなく、最初の方もしかしたら出くわすんじゃないかと怯えていた自分が嘘のようだ。あー、心配して損した。

「そもそも階層も違うし、会う訳ないよな」
「ん?なんだって?」
「あー悪い。独り言!」

 思わず漏れた本音に、前に座る友人たちは首を傾げた。そう、何も恐れることはない。アイツらが探していたのはどうやら幼馴染らしいし、今の俺にあった所できっと俺だとは分かるまい。そう、俺が気にすることなんか何もない。何も――。

「あ!四天王だ!」
「キャー!ホントだぁ!格好いい!」
「うわ、何だ急に」
「あ、成る程。四天王が通ってるから女子が騒いでる訳ね」
「つか何でこの階に?此処一年の教室だろ?」
「あれじゃん?幼馴染が一年に居るからだろー」
「そっかそっか、納得……って、あれ?喜内は?」

 お、思わず条件反射で逃げてしまったぁぁ!!
 情けないことに気にしないと言った傍から俺はいち早くヤツらの気配を察知して、教室のベランダへと飛び出した。そして窓の下に隠れると言う、何とも雑魚キャラの様な行動をとってしまった。けど仕方ない。これも中学での経験がそうさせるんだ。俺に危険だと鐘を鳴らすんだ。決して俺が情けないビビりだからではない!つかこの高校でも四天王とか呼ばれるって何なの?馬鹿なの?
 廊下のやつらと、ベランダに居る俺とじゃ距離があってアイツらが何を話しているかは聞こえないが、何でか一宮京助が俺の教室から動こうとしない。おいそこで立ち止まるなあっち行け!

「喜内?何してんのそんな所で」
「げっ!え、あ、いや、その別に……ちょっと外の空気吸いたくなって?」
「何で疑問形?」

 タイミングの悪いことに友人が俺の存在に気付いた。窓から顔を覗かせ、無様に隠れる俺に話し掛けてくる。いや、マジでヤバい。このタイミングで来られたら、此処に誰か隠れてるヤツいるってバレる。

「あ、すぐ戻るから、その……っ」
「お。四天王行ったのか。まるで嵐みたいだな」
「え?」

 友人の言葉に、窓から顔を覗かせると、さっきまで廊下に居た四天王の姿は何処にも見当たらなかった。

「……」
「喜内?」
「え!?あ、いや悪い!今行くわ!」

 馬鹿か俺。何考えてんの。キモイわ。
 何で一瞬胸の奥がモヤッとした。どうして一瞬落胆した。可笑しいだろ。良かったと安堵する一方で、俺は他に何を期待している?いや、そんな筈ない。俺がそんな風に思う筈がない。忘れろ。今日の出来事も、これまでの事も!
 そうすればきっと、こんな理解しがたい感情も捨てられる筈だ。





 次の日の朝、ある事件が発生した。

「あみだ、クジ?」
「おー、このクラスの女子に届いたらしいぜ」

 教室の一角ではキャーキャーと女子達が何やら騒いでいる。登校したての俺は、どうしてそんなことになっているか分からず友人にコソッと話しかける。すると返ってきたのは、耳を疑う単語。いや、聞き慣れた単語だった。

「何でも、朝下駄箱に入ってたらしいぜ」
「四天王から、茶会の招待状だと」

 ガツンと金槌で殴られたような気分だった。まさか、この高校でもまた中学と同じことをするつもりなのか?あみだで決めた人を自分たちの悪の巣窟に招いて、そして犯すと言う、あのゲームを。

「俺……ちょっとトイレ……」
「え?あ、ああ」

 フラフラと教室を出て行く俺を、友人たちが心配そうに見つめるが、俺はそれに大丈夫と気丈に振る舞えるほど冷静ではない。なんで、どうして俺がこんな裏切られたような気持ちになる。中学の時は結局俺とやってばっかで、あのゲームをしなくなったからか?それだけで俺は、もうアイツらがこんなくだらないゲームを止めたと思ってたのか?
 そんな筈ないのに。俺なんかで、アイツらが自分たちのルールを変える訳ないのに。

(それなのに、どうして俺は――)
「うわっ!」
「ッ、いて!」

 考え事をしていたせいか、角から出て来た人に対応できず、俺は飛び出してきたその人諸共転んでしまった。痛ぇ、尻打ち付けた。

「あ、ごめん!ちょっと急いでて」
「え?あ、俺こそ悪かったな」

 床に座り込む俺に深々と頭を下げたそいつは、本当に急いでいるらしく、そのまま廊下を走って行ってしまった。その後姿をポカーンと見つめる俺は、いまいち状況が把握できずにいた。うん、まあ取り敢えず立ち上がろう。
 そう思い立ち上がった瞬間、廊下の奥からさっきのヤツの高い声が廊下中に響いた。


「――あ!龍臣ー水希ー京助ー跳二ー!」
「……!」


 ドクリと心臓が跳ねた。
 嘘だろ、まさかそんな。昨日の今日でまたアイツらがこの階に来てる訳――。

「あっ……」

 逃げる必要ない。関係ない。
 そう頭の中で囁いているのに、俺の身体は四天王の姿を見るだけで、勝手に逃げようとしてしまう。足が止まらない。体育の時でもこんな速く走れないのに、どうしてこんな時だけ。あー馬鹿だ俺。こうすると自分が惨めになるの分かってるのに。
 それでも俺はヤツらに背を向け、走って逃げてしまうんだ。





「――ねえ、あれ」
「あー、俺にも見えた」

 一宮京助と厚本跳二は、幼馴染が走って来た廊下の更に奥を見つめていた。対して、幼馴染が駆け寄ってきた事でそれを見ていなかった伊角龍臣と辻丸水希は、そんな二人に首を傾げた。

「どうした?」
「え?向こうに何か……って、京助、跳二!?」

 二人の質問に答える事無く、京助と跳二は同時に走り出した。
 彼らが捉えたもの、それは廊下の奥に消えて行った一人の男。最初は大勢いる生徒内の一人としか認識していなかったが、朝の登校時、その男の行動だけが明らかに他と異なっていた。教室に向かう生徒を押し退け、まるで四天王から離れようとするその姿を、京助と跳二は見逃さなかった。
 そんな二人の背中を見て、残された龍臣と水希は閃いた。あの二人があんなに懸命に追う。それが示すのは一つしかない。


「もしかしたら、見つかったのかも」
「だとしたら、今日の招待状、早速意味なくなるなぁ」


 人探しの為に出した、中学でよく使っていた招待状。
 それを使う意味を有久が知る日は、まだ先のこと。
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bkm