四天王と俺 | ナノ


四天王の探し人

 あれから二年、俺は高校一年生になった。月日が経つのは早いもので、もうこの学園に入学してから五カ月は経った。今日は夏休み明け。怠い身体を起こしながら、俺は校舎へ向かった。
 此処は俺が中学まで住んでいた都会から大分離れた山奥に建つ全寮制の学園だ。本当はそのまま持ち上がりで前の学校に進学するはずだった俺にある事態が起こる。それは、親の離婚だ。まあ確かに仲は冷え込んでたみたいだけど、今やる事ないじゃん。三年になって余裕な態度をかましていた俺に何と言う仕打ちだ。姉ちゃんはこの間一人暮らし始めたからいいとして、問題は俺だ。もう母親に親権が渡る事は確定しているのだが、母は何とこれから仕事で海外に行くそうな。そして父も。二人して仕事命な部分があるから、ずっとその機会を窺っていたのだろう。でも俺は海外は絶対嫌だとごねた。俺は日本で育ちたい。ごねてごねた結果、意外にも折れてくれた。しかし条件付き。その条件がこれだ。一人で家に残すのは心配だから、寮のある学校に行くこと。これが、俺が日本に残る為の条件だった。まあ背に腹はかえられない。いささか不自由ではあるが、俺はそれを了承した。
 そして、その日から俺の学校探しが始まった。親が色々な学校のパンフレットを貰って、俺も学校で色々な話を聞いた。親や先生との話し合いを続けていった結果、俺は此処に進学を決めた訳だ。まあ思ったよりも悪くない。学校は勿論、寮も広い。俺は特別お金持ちって訳じゃないけど、それでも金持ち校として名が挙がる位には有名だし。ま、あの悪魔四人組が行った学校程じゃないけど。俺が勧められた学校のパンフレットの中に、ヤツらが通う高校のパンフもあった。五秒で避けたけど。
 そこまで考えてハッとする。俺はまた何故ヤツらの事を思い出す。早く忘れよう忘れようとしているのに、二年経った今でも、あの人達の存在は俺の中に根深く残っている。あれだけ印象の強い人達だから、当然かもしれないけど、でもこれだけ時が経てば忘れるかと思ったのに。だから、少しでも過去の自分から遠ざかりたくて、俺は髪を染め結構髪も切った。そして目はいいけど眼鏡なんかかけちゃったりして、結構雰囲気も変えた。携帯だって姉ちゃんが替えるって言った時に俺も便乗して、二年前に替えた。なのに、これだ。てんで忘れられない。まるで呪いのようだ、四天王と言う存在は。

「おはよー喜内」
「おはよ」

 悶々と考えているうちに教室に到着した俺の後ろから、クラスメイトが声を掛けて来た。あーいかんいかん、ヤツらのことを考えるだけ無駄だ。考えるな俺。
 思考を振り切る様に俺はブンブンと頭を横に振り、笑顔で挨拶に応えた。

「おー、おはよ」
「しっかし、朝ギリギリまで寝てられるとは言え、休み明けはだりぃな」
「あ、そうそう二人にビッグニュースなんだよ!」
「ビッグニュース?」

 噂好きのクラスメイトはそう言って興奮していた。思わずもう一人と顔を見合わせ、同時に溜息を吐く。コイツの言うビッグニュースがビッグだった試しがないからだ。二人して適当にあしらっていると、そいつは更に食い下がって来た。

「ホントにビッグなんだって!何でも今日、転入生が来るんだ!しかも先輩!」
「って先輩かよ!俺ら全く関係ねぇじゃん」
「いやいや!四人もだよ!?こんな半端な時期に珍しいじゃん」

 四人――その言葉に、思わずピクリと反応してしまった。だからなに反応してんだ俺は。ダメだダメだ。トイレ言ってリセットしてこよう。

「便所か?」
「ああ。すぐ戻る」
「あーもう!まだ話の途中なのに」
「悪いな」

 そう言って二人に背を向けトイレに向かった俺は、その会話がどれ程重要なものだったのか、後で思い知る事になるのだった。四人組、それを聞いた時に、ちゃんと対処していれば、また違った道を歩いて行けたのかもしれない。
 本当に選択肢を間違えてばかりだな、俺は。





 体育館に出向いた時、自分の周りだけ時間が止まったような、そんな感覚に陥った。呼吸さえも止まる、そんな感覚。だがその感覚も、一瞬で生徒達の喧騒によって引き戻された。そして俺は姿を隠す様に人の合間を縫い、自分の列に急いで並んだ。若干背を屈めて。コソコソ列に来た猫背な俺を、俺の後ろのヤツが訝しげな顔で見る。

「おい喜内。どうした?姿勢悪いぞ」
「あ、ああ、気にしないでくれ」

 とは言え、心中穏やかではない。おいおいおい。どう言う事だよ。俺の見間違いか?いやでもあんな濃い人達見間違えるか?いまいち現実を受け入れられない俺が、ソロリと列から顔を覗かせると、周りに大勢の生徒たちを携え二年の列に並ぶ男達が四人見えた。人の多い事を利用して睨み付ける様に凝視していると、四人が一斉に此方を振り返った来た。危機一髪列の中に隠れたから多分気付かれては居ないと思うけど、何つー勘の良さ。少し睨んでただけじゃん。そう言えば中学の時も、扉の外に立って居た俺の気配を感じ取っていたな。野生か何かかあの人達は。解せぬ。

「すっげぇ人だかり。つかあんな人達居たっけ?」
「俺も見た事ない。でもめっちゃイケメンだな!」
「……え?ああ、うーん、俺目悪いからよく見えないなぁ。ザンネンダナァ」
「えー?眼鏡してても?つか何で棒読み?」
「ちょっと最近度が合わなくて、あはは……」

 笑って誤魔化すが、勿論嘘である。だってこれ伊達眼鏡だし。ただあの人達に関して話すと、余計なことまで口走りそうだし、この友人結構口軽いからあの人達を知ってるなんて言ったら他のクラスからも質問攻めにあうこと間違いなしだ。たぶん、あの状況を見るに、もうそれ位の影響力をあの人達は持っていると思う。
 そう、何故だか知らないが二年の列に、伊角龍臣、辻丸水希、厚本跳二、一宮京助の四人が並んでいるのだ。目を擦ってもう一度見てもやはり間違いではない。四天王が居る。でも皆大分大人びたな。あの時でさえ大人びてたのに。しかも辻丸水希が俺より身長低かったのに、明らか身長デカくなってね?俺も伸びたけどそれ以上だ。しかも目を疑うのはそれだけじゃなくて、ヤツらが着ている制服も俺の度肝を抜いた。

(な、何でこの学園の制服着てんの?)

 だってあの人達は都内の有名金持ち校へ進学したはずだ。それなのに、此処の制服着て、二年の列の一番後ろに並んでいる。そしてさっき友人が言っていた四人の転入生と言う話、これらを繋げればもう決まりだ。
 ヤツらが、噂の四人組の転入生か。うん、どうしよう。頭の整理が追い付かない。凄い冷静に考えてたけどマジで心の中ザワザワしてるから。鳥肌立ってるから。なんで、どうしてばかりが頭の中を占めている。

「あの先輩達が転入生?超かっこよくない?」
「ねー!」

 すると俺の横の列で隣のクラスの子達がキャイキャイ話している声が聞こえて来た。顔がよくても中身ヘドロみたいに腐ってるからやめとけ。そう言いたいが、個人の自由だ。心にしまっておこう。

「何でも人を探してるんだってー。この学園に居るらしいよ」
「――!」
「ええ!?何、どう言うこと!?」
「そこまではちょっと分かんないけど」

 探し人、だと。
 その言葉に心臓がドクリと嫌な音をてた。転入してまでその人探しに来るとか、金持ちの考えることは分からん。でも、ホント自惚れとかではなく、この学園にあそこの中学卒業して来たのは俺しか居ない。だから、つまり、そのまさか、か?
 イヤイヤ、でもあれから逢ってないし、俺の存在などとうに消え失せたんじゃ……イヤ、でも待てよ、ヤツらの考えることだからな、裏をかいて云々と一人唸る俺の耳、彼らの会話が更に入って来た。

「さっき同じ一年の子が、あの四人と親しげに話してたらしいんだよね」
「えー何それ羨ましー!」
「何でも幼馴染だとか何とか」
「一体誰ー」
「確かミツグ……とか呼んでたらしいよ」

 その話に一瞬時が止まった。そしてそれと同時に俺は羞恥で死にそうになる。俺は馬鹿か。あの時だけの暇つぶしの様な存在だった俺を態々あの超人共が探しているかもなんて、少しでも思った俺が恥ずかしい。イヤ、探しに来てほしかった訳じゃないし、会いたかった訳ではないけど、少しでもあの人達の中に自分と言う存在が残っているのではないかと、浅ましくもそう思ってしまっただけだ。だって俺がこんなに憶えてて向こうが憶えてないとか何か不公平じゃないか。
 でも、そうか。幼馴染か。俺、一回だけその存在を聞いたことあったな。ヤッてる最中だけど。

『そう言えばアイツ、今週来るらしいよ』
『え!?ホント!?』
『一年振りじゃん。何処連れてってやろーかぁ』
『……何処でもいい』
『結構色んなとこ連れ回してるから、もう今更行くとことかねぇよな。もう久々に龍臣ん家でよくね?』
『俺がつまんねぇわ』
『俺もー。てか巳次が来るなら遊園地とかで良くない?思考回路子供だし』
『ッ、ん、ふ……っ』
『あれ?有久ちゃん、イキそう?でもソレじゃイケないな。両手縛られてるし、自分でオナることも出来ない。ケツに突っ込んであるそのバイブ、止めて欲しいか?』
『あ、ぅ……止、めて……ッん』
『じゃあそんな有久にはぁ、特別に救済措置を設けてあげる。俺の片足貸してやるよ』
『え……』
『良かったね有久!龍臣の足でいくらでもイケるよ!』
『ヤ、ヤダ…っ』
『ハハ、それじゃあずっとそのままだ。ケツだけでイケよ。もうイケるだろォ有久なら』
『ッ……』
『それが嫌なら素直に俺の足借りとけばぁ?それとも床に擦りつけてイクか?』
『や、り……ます』

 あー何か視界がぼやけそう。幼馴染の部分だけ思い出したかったのに、あんな恥ずかしい思いをさせられた所まで思い出してしまった。その後伊角龍臣の足に必死になってチンコ擦り付ける俺を他の三人はやんや言いながら見ていた。伊角に至っては足で俺の可愛い息子を弄る始末。よし、もう忘れろ。
 兎に角だ。俺は屈辱に塗れながらもアイツらの細かな会話を憶えていた訳だ。その時アイツらはミツグって言ってたはずだ。しかもヤツらが直々に色んな所に連れ回すぐらいだから余程の存在なんだろう。家にもよく呼んでたんじゃないかな。俺はあの一年だけしかヤツらと居なかったが、家に呼ぶところか連れ回して一緒に遊ぶような生徒は存在していなかったと思う。少なくとも、俺が一緒に居た限りでは見たことがない。

「いいなーあんな人達とずっと居れるなんて」

 うっとりした様に言うが、ホントろくでもない連中だからな。一緒に居る=性行為みたいな方程式がもれなく出来上がるけど大丈夫?もしその一回で満足しないものならヤツらの家に連れ込まれ朝まで泣かされるんだぞ。そして新しい玩具を買いに行こうとか言って、自分に使う道具を強制的に選ばされたり、アレが食べたいこれが食べたいとか気まぐれな連中の言われるがまま車を走らせ、車中はもう、ね。色々されたりさ、とにかくもう身体が一つじゃ持たない。
 と言うか、今言ってて気づいたが、俺意外に連れ回されてる?いやいや、内容はエロしかないから連れ回されてるとは言えないか。でも色々奢ってはくれたな。俺が食べた事ないような柔らかい肉や回らない寿司にも連れてってくれたりとか。つかマジ金持ちだなアイツら。

「おい喜内。大丈夫か?」
「え?」
「もう終わったぞ。早く歩けよ」

 いつの間にか前を向いてた筈の皆がこっちを向いてる。成る程、もう終わってたのか。思い出に耽り過ぎたな。一年は最後だから二、三年が体育館から出るのを見送るのだが、出入り口付近でフとあの四人組が足を止め、一年の列に目を向けた。その瞬間湧き上がる歓声。俺は瞬間的に前の人と重なり、ヤツらの姿が見えなくなったため、その後アイツらが何をやっていたのかは知らないが、気付けば居なくなっていた。
 背も伸びた。雰囲気も変わった。そして名前も変わった。もうきっと俺だと分かる事はないだろう。探し人も違う人だと分かった。なのにこんなに心がざわつくのは、一体どうしてなんだ。胸を押さえながら、俺はひっそり溜息を吐く。
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bkm