千里の道も一歩から | ナノ


3

 この学園は一言で言うと変だ。
 何より人を顔面で判断しているからだ。そう、此処では顔がイケてる人ほど優遇される何とも言えないルールがあるのだ。特に優遇されているのが前にも話に出たと思うが生徒会や風紀と言った連中だ。特別であるが故に、特別棟での活動を許可され、授業も免除と何とも羨ましい特典が満載だ。しかし、今の生徒会や風紀は顔ではなく能力で選ばれたとかで偶々顔面偏差値の高い人達が集まってしまっただけだとか何とか。
 因みに俺は生徒会の顔を見たことがない。自慢じゃないが俺は今まで行事と言う行事に出たことがない。いや、正確には出ているのだが基本部室に籠って、生徒会や風紀並みに忙しい先輩達をサポートしていたのだ。そのハードさと言ったらない。部室に張り付いてたよホント。だから開会式とか?閉会式?生徒会が出るその時に俺はその場にいつも居ないのだ。

「でも、廊下で会ったりしないの?」

 よく皆が「センリ様!」とか何とか叫んで囲んでいるのは見たことあるが、その中心に誰が居るのか興味を持ったことがない。と言うかその中心に居るのが生徒会だと分かっているから尚更興味湧かない。いつもガン無視だ。因みに風紀は知ってる。以前風景の写真を撮ったら、偶々風紀委員が写ってしまったらしく、盗撮だ!とか言って連行されて色々尋問されたから。その時既に風紀委員長だった甲斐先輩は本当に下の者が悪かったと頭を下げてくれた。だから少しだけ風紀には好感が持てた。けど、それは過去の話。

「過去?」

 そう、過去だ。今は風紀も生徒会もあの一人の転入生に現を抜かしていると聞いた。聞いたと言うか見た。転入生を風紀委員長が抱き締め、そしてそれを止めさせようとバスケ部エースが引き離そうとしている男三人による修羅場を。俺はその場を引き返した。それはもうボルトもビックリな速さで。
 転入生の噂は聞いていた。と言うかそれを記事にしていた同級生も居たし。何でも片っ端からイケメン達が惚れていくと言う謎のフェロモンを振り撒いているらしい。凄いな転入生。俺もあの一回きりしかちゃんと見てないけど、結構転入生も可愛い顔してたな。あ、これは別に変な意味じゃないから。この学園に毒された訳じゃないから。

「……環希は知ってるんだ」
「環希?」
「本庄環希。お前の言う転入生の名前」

 そう言ってカウンターにしな垂れる綺麗な先輩は、未だに此処を離れる気はないらしい。

「と言うかあの、先輩は何しにきたんですか?こんな忘れられた図書室に」

 しかも俺の前に居座って。存外に用がないなら早く帰れよの意も込めて先輩を見ると、先輩は切れ長な目をパタパタと瞬かせ、それから少し意地悪そうに笑みを浮かべた。

「ん?秘密」

 そんな先輩を横目に、俺は左様でございますかぁと呆れた声を上げる。ま、見ず知らずの俺に話すわけないか。一人でそう結論付けると、俺は段々と目の前の対象から興味がなくなっていくのを感じた。
 図書委員の俺に用があるわけでもないし、恐らくこのイケメン先輩が俺に話しかけたのは何かの暇潰しだろう。そう思って再び原稿用紙に視線を落とした瞬間、頭に何かが触った。
 それが手だと気付いたのは、俺が顔を上げた先に立つ先輩が俺の頭に手を置いていたからである。

「あの、何スか」
「今、俺に興味無くなった?」

 よく分かったな。付き合いの長い友人達ぐらいしか見抜けないと思っていたから少し感心した。結構鋭いんだな。

「俺に用があるわけでも無さそうですし、俺もやりたいことあるんで」

 記事を書きたいんだよ俺は。ファンだからと言うならそこら辺は察してくれ。そう思って先輩を見上げると、そこには何だか焦ったような先輩が立っていた。

「怒ったの?秘密って言ったから?」
「は?」
「全部正直に話したら、俺のこともう一度見てくれるの?」

 どう言うことだろうか。俺は怒ってもないし、そもそも先輩が此処にきた理由などどうでもいい。何故自分に話しかけてきたのかそれだけが疑問だっただけだし。

「別に端から先輩に興味ないです。俺、原稿の提出あるんで用ないなら黙っててくれますか」

 もうハッキリ言おう。でないとこの人はいつまでも此処に居座りそうだ。いや、まあ別に図書室は俺のもんじゃないから出てけとは言わないけどさ。

「…………ごめん」

 長い沈黙の後、先輩はそれだけを小さく呟き静かに扉に向かった。何だよ、何でそんなショボくれてんの。意味わかんない。
 何だか妙な罪悪感に駆られる。イケメンを悲しませたからか?いや、でも今結構切羽詰まってんのは確かだし。うーん、でも、俺の記事を読んでくれる数少ない一人だしなぁ。

「先輩」
「――!」

 図書室から出て行こうとした先輩に俺は声を掛けた。先輩はハッとしたような顔で俺を見た。

「今回は、その、中庭の雛罌粟について書こうと思ってます。今丁度いい季節だし。綺麗な花、咲いてましたよ」
「え?」
「暇なら見てみてください」

 そんだけッス。
 何だか決まりが悪くてそれだけをぶっきらぼうに言うと、俺はすぐに先輩から視線を外す。


「――ああ、見てみる」


 だが、柔らかい、優しい声が耳に届き、俺は再び先輩に顔を向けた。その恐ろしく整った顔でそんな穏やかな表情を浮かべられたら、もう何も言えないわ。心地が悪い?いや、違う。けど、何だかとてもむず痒く感じて、思わず頭を掻いた。
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bkm