千里の道も一歩から | ナノ


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 尾上千里――この学園で、その名を知らない者は相当な変わり者か、大馬鹿野郎ぐらいだろう。はて、俺は前者と後者どちらに分類されるだろうな。いや、俺は名前を何度聞いても憶えようとしなかっただけの大馬鹿野郎だ。そこら辺の大馬鹿野郎と一緒にされちゃ困る。
 文武両道、眉目秀麗などなど、取り敢えず大変優れた様と表す言葉であれば何でも当てはまる様な人物。それがオノエセンリだ。そう、尾上千里――どう言う漢字で書くのか見た事あったのに、何で気付かなかったんだろうな。

 友人は言った。

 あの日、合宿最終日俺が支えて歩いていた人物こそ、この学園の生徒会長だと。何度も確認した。見間違いじゃないかと、だってチサ先輩がだぞ?あの人が、あんな毎日バシバシ写真撮られて報道部に追っ掛けられていたスキャンダルの王とか、信じられるか?
 でも、友人は間違いないと言った。合宿でも同じ班で行動していたし間違いないと。それに、あんな目立つ容姿の人、そう居ないと。
 正直、ガツンと言う気分だった。頭が鈍器で殴られる感覚って言うのかなアレが。綺麗な風景を見てガラにもなく浮かれた事や、先輩が俺との約束の為に来てくれて嬉しかった事、それだけじゃない……今の今まで先輩と過ごした思い出全てにヒビが入った気分だった。
 噂でよく聞く生徒会長は、大変美しく、それでいて俺達の常識を超える程の遊び人。そして今はその遊びをやめ、一途にその愛を想い人へ向けていると。

「浅木?何をして……なっ、浅木が俺の新聞を読んでいる……だと……!」
「部長はこの写真、どこで撮ったんスか」
「え?ああ、これか?あー去年、視聴覚室でだな」

 俺が部長の新聞に目を落としていると、部長はかなり驚いた表情をしていた。けどそれに構わず、俺がこの新聞の真意を聞くと、部長はどや顔をしながらその写真を撮った時のことを語った。

「それはな、俺が尾上会長をつけて漸く撮れた一枚だ。相手はもう卒業した先輩だな」
「へー」
「んで、こっちが本館三階の第二教室で撮ったやつで、相手はお前と同学年の子だ」
「ふーん」

 部長は俺が自分の新聞に興味を持ったことが嬉しかったのか、俺が聞いていないことも沢山話してくれた。何処で撮った写真か、相手が誰か。そして、部長が話す生徒会長の相手ってのは、いつも違う人物だった。

「んで最後がこれだな。センリ様、今度は生徒会室で――だ。これを境に生徒会長はパタリと遊びを止めた」

 酷く残念そうに肩を落とした部長が、俺の前にその新聞を置いた。俺はそのタイトルを見て、思わず新聞を手に取った。そうだ、これは俺が図書室で、チサ先輩の前で読もうとしていた新聞だ。
 内容は生徒会長が、生徒会室で転入生と密会していると言うのが証明される記事だった。逆光のせいか、写真があまり綺麗に撮れていないし、前見ようとした時は、ちゃんと読む前にチサ先輩自身の手で新聞を取られてしまったから、こうして記事を読むのは初めてだ。
 全てに目を通した俺は、思わずと言った具合に笑った。そんな俺を、部長が怪訝な顔で見てくる。

「浅木?大丈夫かお前。今日変だぞ」
「そッスか?いつも通りですよ。新聞ありがとうございました。面白かったですよ」
「本当か!?いやーお前にそんな風に言ってもらえるなんて思わなかった……っておい!待て浅木!」

 部長が慌てて俺を呼び止める声が聞こえるが、俺はそのまま部室を出た。記事を見れば見るほど、俺の中のチサ先輩が崩れていく。
 よく照れるしすぐ赤くなる。少し天然入ってて、おまけに思い込みも激しく突っ走りやすい。でも約束は守ってくれるし、何より俺に向けるあの柔らかい笑みが、俺はそれなりに気に入っていた。そして、秘密主義者。それが、俺の中のチサ先輩だった。
 でも、その先輩が、皆が噂するかの生徒会長ときた。こんな事ってあるか?
 皆で共通認識している生徒会長と、俺が認識するチサ先輩が違い過ぎて、俺は思わず舌を打った。だから噂とかって嫌いなんだよ。噂さえなければ、俺がこうして悩まされる事もなかったのに。
 ファンだと言って、俺以外居ない図書室に来た先輩の真意が、掴めない。噂なんか信じなければいい、そう思うのに、その嫌いな噂に翻弄される自分に、今日何度目か分からない舌打ちをした。





 合宿が終わってから五日は経っただろう。もう、流石にチサ先輩は快復したようだ。メールも来ていた。内容は、俺が貸したパーカーを返したい。だから図書室に来て欲しいと。でも、俺はそれに返信できなかった。更に電話も掛かって来た。でも、それにも出れなかった。毎日送られてくるメールや電話。いくら待っても返信がない俺を心配する内容のメールに、俺は毎回目を通すだけ通して閉じると言う日々を送っていた。

『翔太郎、大丈夫?図書室来ないの?俺の風邪でもうつった?』
『パーカー返したいんだ。空いてる時に会いたい』
『図書室で待ってるから』

 俺が来るまで、毎日待ってると言うメールが来て、俺は思わず唇を噛んだ。行けばいい、パーカーだけ受け取って、すぐ帰ってくればいいだけなんだ。それなのに、何で俺はこんなに先輩に会うのを躊躇っているんだ。

「翔太郎、何か最近悩んでんの?」
「は?別に……」
「だってお前、ここんとこそんな顔ばっかしてるぞ」

 何処か心配そうに俺の顔を見る友人に、俺は何でもないと首を振る。

「何でもないヤツは、そんな顰め面しねぇだろ」

 いつになく真剣なその表情に、俺は気まずさから目を逸らす。

「いつもならネタだ何だと騒ぐ頃だろ」
「騒いでねぇよ」
「今回は合宿もあったから、すぐにでも記事書くかと思ったのにそれもしてないし」
「んなの偶々だ」
「それにここ数日、図書室行ってないだろ」
「……お前は俺のストーカーか」

 何でそんなことまで知ってんだ。そう不満げな表情を見せれば、真剣な表情を崩した友人は何処か偉そうに胸を張って言った。

「さすがに、こんな元気のない親友を放っておけないからな。様子見てたんだよ」
「……」

 その言葉に、俺は机に突っ伏した。
 元気がない。そう直球に言われてしまえば、もう何も言えない。くそ、よく見てるなお前。ああ、そうだよ。悩んでいるとも。ホント、ガラにもなくうだうだと考えたくもない事が頭の中を巡って毎日最悪な気分だよ。

「元はと言えば、お前が悪い」
「は!?俺かよ!?」

 机に突っ伏しながらそう呟くと、友人は慌てた様に「俺なんかした!?」と焦った声を出した。その様子に少し笑った。そして「ウソだよ」と笑いを堪えながら友人に告げる。
 そう、元はと言えば秘密主義者の先輩が悪い。何で、俺にそんな大事な事を黙ってたのか。俺に知られてはマズイ事情でもあったのだろうか。
 いや、違う。先輩の正体を知ろうともしなかったのは、俺だ。だから、元はと言えば俺のせい。所謂、自業自得ってヤツだ。やっぱり俺は大馬鹿野郎だ。
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bkm