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「それで、どうだったんだ?」
俺が部屋に帰ってくるなり、ニヤニヤと何処か楽しそうな笑みを浮かべている甲斐先輩。何故そんな顔をしているか分からず盛大に顔を顰めると、「そんな嫌そうな顔をするな。傷付く」と微塵も傷ついてなさそうな顔で肩を竦める。
俺は大きな溜息を吐き、先輩の真向かいに腰掛けた。
「どうもこうも、大目玉ですよ」
「ハハッ、だろうな」
本当に疲れた。
疲れた身体が椅子に沈み込む。疲労困憊な俺を見て、先輩が器用に片方眉を上げた。
「何だ。チサトと会わなかったのか?」
「は?何でアンタがそんな事知って……」
「そりゃあ、アイツが誰かさんに会う為に、身体に無理を強いて此処まで登ってくりゃな」
『誰かさん』と強調された言い方にムッとした俺を、先輩が再び面白いと言わんばかりの顔で見てくる。この人と話していると疲れがドッと三割増しに感じる。けどまあ、何やらこの先輩が上手い事教師陣に口を利いてくれたらしいのだから、無碍に扱うことは出来ない。
「会いました。そんで此処まで先輩支えながら帰ってきました」
「ほー。それで?」
「待ち受けていた教師陣に取り囲まれました」
案の定だ。いくら甲斐先輩が口を利いてくれたからと言って、夜遅く点呼の時間になっても戻ってこない俺達を、流石に教師陣が見逃すはずがない。俺に支えられ、熱に浮かされた様にボーッとしていたチサ先輩を見るなり、教師陣は顔を青褪めさせていた。そして俺達はすぐに引き離され、今の今まで俺はお説教コース。更にはイベントに参加していないことがバレ、更に説教延長コースに突入。
「アイツはどうした」
「あー、引き離されてからは会ってないです。でも、先輩の扱い俺と違ってすげぇ優しかったんで大丈夫かと」
「そこまで待遇が違うと不満に思わないのか?」
「え、まあ……でもチサ先輩病人だし、俺との約束の為に来てくれたんだから、雑な扱い受けるよりかは、手厚い介抱受けて早いとこ病気を治してくれた方がいい」
たぶん、俺に支えられてないとフラフラするぐらいだったから、熱も上がっていたんだろう。今はまた山を下りていると思う。そう俺の考えを伝えれば、甲斐先輩は納得のいかない顔をしていた。
「何スか」
「いやぁ、それが本当かと思ってな。お前にくっつきたいが為のウソかもしれん」
「はあ?」
「アイツは相当厄介だぞ。気を付けろ」
アンタも相当厄介だよ、とは言わないでおこう。
でも熱が上がってるのは確実だと思う。先輩の身体、結構熱かったし。俺のパーカー着ているにも関わらずだ。
「あ……」
「ん?どうした」
「先輩にパーカー貸したまんまだ」
「やけに薄着なのはそのせいか」
「まあ、今度会った時に返してくれるか」
「綺麗に返って来るといいな」
「え?」
「いや、そこまで理性がないとは考えたくないな。忘れろ」
甲斐先輩はぶつくさと何か言っているが、先輩の中ではかなりチサ先輩は厄介らしい。腐れ縁だと言っていたし、俺の知らない先輩もたくさん知っているんだろう。
「ん……?」
思わず自分の胸に手を当てる。何だ今のモヤッとした感じ。モヤッと言うかイラッと言うか。今まで感じたことのないそれに、俺は首を傾げる。何だろう……そうか、疲れてるからか。
そう結論付けた俺は、取り敢えず寝ることにした。もう寝て、この疲れをとればきっと元通りになると信じて。
*
この合宿所も今日でおさらば。
後は全員で挨拶して終わりだ。
「ふああぁぁ」
たくさん寝た。けど、これから列に並んで突っ立って話を聞くと考えると眠い。大きな欠伸を繰り返しながら、俺は甲斐先輩達より一足先に広場へ向かった。
「しょ、翔太郎っ!」
「おー。おはよ」
するとどうだろう。俺が広場に姿を現すなり、友人がかなり興奮した様子で俺に詰め寄って来た。朝っぱらから何なんだ。
「何。何かあったか?」
「お前っ、昨日の夜……!」
うげっ。昨日の夜って、もしかしてコイツに見られてたのか?教師に取り囲まれる現場なんか見たらそりゃ気になるよな。どうしたもんかと頭を掻いた俺は、チサ先輩と蛍を見に行ったことは伏せて、心配性な友人に昨日の説明をしようとした。
「あー……ちょっとサボってたら時間過ぎちゃって」
「じゃあ、なんだ……つまりお前、会長様と二人でサボってたのか……!?」
「――は?」
友人の言葉が、頭の中で反芻する。
会長が、何だって?
そしてこの日を境に、俺と先輩の歯車は狂っていく。
俺が先輩の正体を知ろうとしていたら、はたまた先輩が秘密主義じゃなかったら、この先は変わっていたのかもしれない。