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「先輩、山を下りたんじゃ……え、つか、体調は……?」
そんな、ありきたりな質問しか浮かばなかった。恐らく今、俺の中で昨日の気まずさやら後悔やらより、驚きが勝っているからだと思われる。しかしそんな俺に構わず、薄ら笑みを浮かべるチサ先輩は、ゆっくりと此方に歩み寄って来た。
「いくら待っても帰って来ないから、捜しに来た」
「え、ああ、すんません。ちょっと寝過ごして……」
「サボったの?あんまり合宿、面白くなかった?」
俺の言葉に少し悲し気に眉を下げたチサ先輩に、俺は慌てて首を振った。
「いや、違くって……その、まあ、色々考え事をしてたら……」
どう言おうか迷いながら口を開いた瞬間、ドンッ!と大きな音と共に目の前で花火が上がった。そう言えば最後の夜は、花火を上げたりキャンプファイヤーの周りで踊ったり、皆で談笑しながら夕飯食べるとか言ってたっけ。
今花火が上がったって事は、まだそこまで、俺が思っていたような時間ではない様だった。正直就寝時間いってると思ってたよ。
「すげ……」
思わず本音が漏れる。こんな大きな花火、久し振りに見た。こんだけデカいのは、こう言う広い場所でしか出来ないだろうから。でも、去年はあんなのなかった気がする。俺が忙しすぎて見てなかっただけか?
「よかった。喜んでもらえて」
「――!」
花火を見ていた俺の横に、いつの間にかチカ先輩が並んでいた。何処か嬉しそうに、はにかんで笑う先輩に、俺は気恥ずかしさを覚え、思わず顔を背ける。今俺、口開けて絶対間抜け面だったな。
「人の間抜けな顔見ないで下さいよ」
「間抜け?まさか」
笑いながら首を横に振った先輩は、綺麗な笑みを浮かべたまま俺をジッと見つめて来た。その青い瞳はユラユラと揺れ、更には花火から発せられる光が反射していて、凄く綺麗だった。その綺麗って言葉に変な意味とか、そう言うのはホント無くて、誰が見ても同じ感想を述べると思う。
花火に負けないぐらいの綺麗さを持つ人間なんて、先輩以外に俺は知らない。
「あのさ、先輩……」
「ね、翔太郎」
「――」
そんな先輩からの視線に耐えられず、話を変えようとした俺の手を、チサ先輩がやんわりと掴んだ。いつもどちらかと言うと冷たい手をしている先輩の手は、熱い。俺に呼び掛ける声には応えず、俺は先輩に言葉を投げ掛けた。
「先輩、まだ熱あんじゃん」
「……」
「なのに、何してんだよホント」
先輩がこうなった原因を作った俺が何を言ってるんだかって感じだ。責める資格もないのに、何でか責める様な口調になってしまった。違うだろ、こんな事が言いたいんじゃない。そうじゃなくて、もっと言わなきゃいけない事あんだろ。
それなのに、上手く自分をコントロール出来ない。そのもどかしさから、思わず乱暴に頭を掻く。すると、それを見ていた先輩が掴んだ俺の手を優しく引いて、そのまま歩き出した。俺も、引かれるままに足を動かす。
「ちょ、先輩。何処へ……」
「ホント、何してんだろうね」
先輩が俺の手を引いて前を歩いている為、表情が窺えない。ハハッと笑いを含んだ声で、今先輩はどんな表情をしているのか、凄く気になった。
「でも、どんなに熱があろうと、起き上がるのも歩くのもしんどくても、薬打って山道駆け上がってくる位には、俺にとって大事だったんだよ」
――翔太郎との、約束が。
真っ直ぐ、迷いのない声が俺の耳に届いた。驚いて、声も出なかった。まさか、本当にそれだけの為に此処に来たのか?俺を、捜したのか?
「電話出れないくらい、具合悪かったんじゃなかったのかよ」
「え?」
思わず呟いた言葉に、俺はハッとして顔を俯かせる。何言ってんの俺。そんな事今聞いてどうすんだよ。
「ああ。翔太郎、電話くれたよね。ありがとう、凄く嬉しかった。でも圏外になりやすくてあそこ。気付かなくて出れなかった。慌てて掛け直したんだけど、翔太郎に中々繋がらなくて」
「え、あ、すんません。携帯の電池、切れちゃってて」
済まなさそうな先輩に、そんな質問をしてしまった俺も申し訳なくなった。
でも、そうか……掛け直してくれたのか。もしかして俺が掛けた時も、恐らく圏外だったから繋がらなかっただけで、別に転入生は関係ないのかも知れない。それなのに俺、何であんな二人の仲を怪しむ様な事ばっか考えてんだ?
自分の気持ちが分からずモヤモヤしていると、小さくチサ先輩も何事かを呟いた。
「良かった……てっきり、甲斐と何かあったのかと……」
「え?何?」
「いや、何でもないよ」
そう言って振り向いた先輩は、少し照れた様な表情をしていた。頬が赤いのは、照れから来るものなのか、それとも熱が上がって来ているからなのか、どっちなんだろ。
しかしその時ふと、俺はまだ口にしていない言葉があるのに気付き、その背に向かって声を掛ける。
「あのさ、先輩――」
「しっ」
だが、その言葉を言う前に、先輩が少し意地悪そうな表情を浮かべ、言葉を制す。
「お互い、話すことは着いてからにしよ」
「着いてからって、どこへ?」
俺の疑問に、先輩は笑って答えた。
「秘密」
出会った時と同じだ。
先輩の秘密主義は、今日もまた健在のようだ。