千里の道も一歩から | ナノ


23

 俺は今、猛烈な面倒臭さに襲われている。思わず天を仰ぐが、なんと快晴。雨が降る気配は全くない。

《今から恒例の、全校生徒による鬼ごっこを始めたいと思う》

 うおおおぉ!と言う雄叫びが上がるが、俺は恒例なんだと言う心の突っ込みを、ひっそりと入れる。こんな事なら、部長の手伝い自ら申し出ればよかった。

《今朝の内に、鬼側には赤いタスキを渡してある》
《それ以外の人達は逃げる側。赤いタスキをしている人達から逃げてねー》

 鬼の人数に対して、逃げる人数は少ない。最後まで捕まらずに終われば、なんと景品があるとのこと。因みに俺は赤いタスキをもらった。つまりは鬼。逃げる人間を追う側だ。その時点でもう帰りたい衝動に駆られる。いいよな甲斐先輩は。部屋で謹慎だから。俺も謹慎したい。
 その後も説明が長々と続いていたが、この時の俺は、これからどこでどうサボるかと言う不純な事しか考えておらず、よくルールを聞いていなかった。気付いた時には、もう周りの皆がタスキを装着していた。どこでも良さそうなので、取り敢えず腕に巻き付けとこ。

《それじゃあ皆、健闘を祈る!》

 そう言って壇上に居た生徒会メンバーが、散り散りになる。どうやらアイツら、全員追われる側らしい。鬼はどうやら何分か待たないといけないらしく、俺は皆が動き出すまでその場でボーッと突っ立っていた。
 そしておおよそ五分位経ってから、鬼たちが一斉に雄叫びを上げながらスタートした。ドドド!と音を立てながら駆けていく鬼に混じり、俺は徐々に皆が進む方向から意図的に外れていく。皆余程捕まえたい人でも居るのか、一人違う動きを見せる俺には気付かず、一目散に駆けていく。

「おーおー、すごいねぇ」

 ポツンと、離れたところから遠ざかっていく集団を見送り、俺は草木を掻き分け、人気のない方へと進んで行った。この辺はまだ人が来る可能性あるから、もっと離れないと。一人で静かになれる場所を捜す俺は、もう少し山を登ってみることにした。





 そして少し山を登り、道を外れたところで、俺は丁度いいスペースを見つけた。少し小高くなっているこの場所なら、生徒にも教師にも見つからないだろう。取り敢えず、鬼ごっことやらが終わりそうな頃に何食わぬ顔で合流すれば、俺がサボってるのはバレないだろうし。
 そう軽く考え、俺はその場に寝転んだ。うん、濡れてもなさそうだし大丈夫だろう。そよそよと風があって、寝るには丁度いい。遠くで、人の声が聞こえる。鬼ごっこが盛り上がっているようで何よりだ。俺はやりたくないけど。
 俺は、こっそり持ってきたデジカメを取り出した。空を写すと、綺麗な青空が撮れた。この短い間だけでも、大分撮れた。良い記事がきっと書ける。

(そう言えば……)

 結局、チサ先輩と写真一枚も撮ってねぇや。そもそもチサ先輩とレクで会う前に、先輩ダウンしちゃったし、当然なんだけど。でも、今年で最後と考えると、やっぱり一枚でも撮っておきたかったな。
 そう考え、俺はハッとする。なんで俺、そんなこと思ってんだろ。先輩が俺と撮ってくれるかも分からないのに。そもそも先輩にあんな態度とっておいて、写真撮ろうとか、今更言えねぇよ。
 そう思うのに――。

「謝ったら、一緒に撮ってくれんのかな……」

 なんでこんなに望んでいるのか、自分でも分からなかった。モヤモヤとした思いを抱いたまま、俺は静かに目を閉じた。そう、ほんのちょこっとだけ目を閉じただけのつもりだった。
 それなのに、どうしてこうなった。


「ま、真っ暗……」


 辺りは、すでに陽が落ちていて真っ暗だった。あまりの衝撃に、その場で固まる。やべー、まさか今頃捜索隊とか出されてないよな。つか今何時だ。いやいや、それよりも早く下山しないと。慌てて起き上がった俺は、転がり落ちそうになりながら、人が歩ける道まで戻った。
 マジやべー。早く戻らないと、鬼の様な形相をした教師陣に囲まれる!

「――!」

 急いで駆け下りようとした俺の足が止まる。俺の行く方向から明かりが見えた。どうやら誰かが上がって来たようだ。この時間にこの山を登ろうとする人はまず居ないだろうから、そうなるとやはり俺の捜索をしに来た学校関係者か。
 自分のせいとは言え、この先の展開に思わず項垂れる。覚悟を決めて行くしかないな。そう思い、その明かりに向って駆けだした。下りの俺はアッと言う間にその人との距離を詰め、漸く顔が見えて来たと言うところで、俺の足はピタリと止まる。その人物には、酷く見覚えがあった。だが、その人は今此処に居る筈の人ではない。ならば、この目の前に居る人は誰だ。
 混乱する俺は、余程不審な顔をして相手を見ていたのだろう。目の前の人物が、困ったように眉を下げて笑った。

「そんな顔で睨まないでよ、翔太郎」
「チサ、先輩?え、マジで本物?」

 俺を知ってるし、こんな美形がそうホイホイ居ても困る。
 どうやら間違いなく、俺の目の前に居るのはチサ先輩らしい。
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bkm