千里の道も一歩から | ナノ


21

 それは、俺が隊長さんに言われて夕食の手伝いを皆としていた時だった。


「――アンタ、センリ様とどう言う関係なの」


 隣同士で野菜を切っている時に掛けられた小さな声。俺はジャガイモの皮を剥く手を止めて、隊長さんを凝視した。

「……関係ないですけど?」
「は?そんな筈ないでしょ」

 馬鹿にしてんのかと言わんばかりの顔に、俺は眉を顰める。いやいや、流石の俺ももう名前だけは憶えたぞ。この人の言うセンリ様とは、まず間違いなくオノエセンリ生徒会長様なんだろうけど、俺前にもこの質問されなかったか?そうそう、確か甲斐先輩に。
 でも、今も答えは変わらない。

「お会いしたことないッスよ。会長様とは」
「うそ。だってアンタ報道部でしょ」
「よく知ってますね」

 まさか俺の所属を知っているとは思わず目を丸くすると、隊長さんは「まぁね」と得意げに笑った。どうやら俺の居ない間に、独自の情報網で、俺の情報を掴んだらしい。流石は生徒会長様の親衛隊隊長と言ったところだ。

「報道部なんて、生徒会や風紀のスキャンダルをハイエナのように狙ってる卑しい連中でしょ」
「うんうん。確かに」
「そんなヤツらの一員が生徒会を、しかもセンリ様のことを知らないなんてよくも抜け抜けと……」
「うんうん。確かに」
「って、ちょっと!アンタ聞いてんの!?」
「聞いてる聞いてる。あ、これ頼むわ」

 剥き終わったジャガイモを、鍋担当に渡す。フゥッと一息つくと、玉ねぎを握りしめたまま隊長さんが俺を睨んでいた。だが残念なことに全然怖くない。いや、つかそれより、隊長さんの持っている玉ねぎに注目したい。これは由々しき事態だ。

「人の話全然聞いてなッ」
「ちょっとまだ玉ねぎ全然切れてねぇじゃん。つか皮ちゃんと剥けよ!」
「か、皮?」
「この茶色!どう見ても皮だろ!」

 そのまま食べる気かよ、まったく。俺は隊長さんから玉ねぎを取り上げると、取り敢えず皮をむき、身をくし形に切り分けた。つかマジで全然進んでねぇじゃん。残りの分も切ってしまおうと、黙々と作業を続ける俺の手元を、隊長さんは少し驚いたように見ていた。

「アンタ、料理出来るの……?」
「は?別に、普通」

 つか、こんなの誰でも出来んだろ。と言おうとしたが、実際出来なかった人が隣に居る訳だから、此処は謹んでおこう。

「よし、後は人参、肉……は、大丈夫そうだな」

 他の班員は、どうやら切れたらしい。切り終わった玉ねぎも鍋担当に渡し、俺は手を洗う。その横に隊長さんが立った。

「あ、あのさ……」
「隊長さん、器用そうなのに結構不器用なんだ」
「――!」

 何かそう言う方が、人間らしくて好きだなと思う。ツンケンしてるだけかと思いきや、可愛い所もある。それが分かり、少し面白くて笑った。

「ッ、な、笑うな!」
「ハハッ、悪い悪い」

 悪いなんてちっとも思ってない様に言えば、隊長さんはますます顔を赤くして怒り出す。何だ、マジで意外と普通じゃん。長谷川秀樹があんなこと言うからどんな人かと思ったけど。


「っと、俺、皿取ってきます」
「……昨日は、ありがとう」
「え?」


 背を向けた俺の背中に、小さく投げ掛けられた声は確かに隊長さんのモノ。だが振り返った時にはもう、隊長さんは鍋の方へと歩き出していた。俺は、自分に掛けられた言葉の意味を考える。
 そして、今日隊長さんが俺を捜しに来た理由が何となく分かった。


「成る程……お礼を言いたかった訳か」


 庇ったつもりではなかった。これは本当だ。でも、隊長さんは隊長さんなりに何かを感じたのだろう。態々お礼を言うなんて、律儀な人だな。ますます、長谷川の言うような人物ではないように感じられた。





「甲斐先輩。これ、カレーです」
「悪いな」

 約束通り先輩の分を貰って来た俺は、先輩の前にカレーを置いた。

「へえ、結構よく出来てるな」
「はい。美味いッスよ」

 そう言うと、甲斐先輩は頂きますと言ってカレーを口に運んだ。

「うん。確かに美味い。皆、良い嫁になれるな」
「はは、皆ヤローですけどね」

 鳥肌が立つような冗談を真顔で言われ、思わず引き攣った笑いしか返せない。そんな俺に、甲斐先輩は少し考え込むように目を伏せた。

「先輩?どうしました」
「あー、その、お前また携帯忘れてったぞ」

 言われてみれば、携帯ねぇな。キョロキョロと視線を動かすと、机の端に俺の携帯が。手を伸ばし、取ろうとしたところで少し躊躇する。そう言や、電話したんだよな先輩に。出なかったけど。そこまで考え、俺は首を振った。まあ、もう出なかったもんは仕方ない。気にしてても良いことねぇし。
 そう思って画面を見る。

「……」
「どうだ?」
「電池、切れてる」

 思わず気が抜ける。甲斐先輩も、心なしかあちゃーと言う具合に目頭を押さえている。俺充電器とか持ってきてねぇんだよな。携帯しょっちゅう忘れるし、この合宿中も必要ないって思ってたから。

「俺の充電器使うか?」
「いや、合うかも分かんないですし、明日で終わりでしょ。必要ないです」

 意外とあっさりしてる俺に驚いているのか、甲斐先輩が「いや、しかし」と何故か渋る。いやいや、何で先輩が渋る。

「それより、俺風呂入ってきます」
「あ、ああ」

 時計を見ると結構ギリギリだ。このロッジについてる風呂、時間外だとお湯が出なくなるから、早いとこ入らねぇと。俺はカレーを難しい顔で食べる甲斐先輩に背を向け、お風呂場に向った。
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bkm