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二日目。俺達の班は陶芸で、昼間の内はずっと皿を回して形を整えて終わった。俺達の班は甲斐先輩が規則を破ったことによる自室での謹慎を食らった為、静かに皆作業をしていた。
(つか、規則を破ったのは甲斐先輩だけじゃないんだけど――)
あの時、長谷川を連れてってそのまま報告に向ったらしい。何でも風紀委員長なのに自分で規則を破ったからだとか何とか。真面目なのか不真面目なのか、本気なのかふざけてるのかよく分からない人だ。示しがつかないとでも考えているのだろうか。
はあっと、人知れず小さな溜息を吐く。今はお昼時、俺は朝の出来事を思い出してはこうして溜息を吐く。俺あんま考え込みたくないタイプなんだけど、それでも今回の事はスルー出来ない案件と言うか。
「おーい、翔太郎」
「……おー」
「うおっ、何そのテンションの低さ」
俺の横に腰を下ろしたのは、二日ぶりの友人だった。まさか陶芸で一緒になるとはな。
「でも、お前確か生徒会長と転入生と同じ班なんだよな?」
見た限り、転入生の姿は見えなかったけど。そう言うと、友人が「あー」と少し気まずそうに口を開いた。
「何か生徒会長が体調を崩したらしくて、転入生はその看病」
「へえ」
「皆で様子見に行ったけど、結構しんどそうだったよ会長」
こんな時に風邪ひくとか、意外と身体が弱いのかな会長様は。ん、あれ、待てよ。
「なあ、転入生って誰と同室なんだ?」
「ん?会長だけど」
「え」
昨日、チサ先輩は転入生と一緒に俺達のロッジに来た。そして甲斐先輩は、チサ先輩の代わりに一晩だけ部屋を入れ替えた。そしてチサ先輩が俺のロッジって言ったロッジからは転入生が出て来たってことはつまり一緒の部屋って事だ――そんな、まさか。
「マジか……恋敵との三角関係とか、大丈夫かよ先輩」
「は?」
「いやこの場合は横恋慕になるのか……でも転入生も先輩について来てたし、望みはあるんじゃ……」
「おーい翔太郎。お前大丈夫か?」
先輩も調子があまり良くなかったし。転入生に看病される会長を恨めしく思ったりしてるんじゃないか?あれ、でもさっき見掛けなかったって事は、やっぱり具合悪くて寝てるのかな。だったら尚更不憫!
「なあ!お前の班に例の先ぱ――」
「おーい!」
「あ、悪い翔太郎!俺呼ばれたから行くわ!」
とにかく元気出せよ!
そう言って走って行ってしまった友人の後姿を見つめながら、俺は何となく変な気恥ずかしさを覚え、頭を掻いた。
(何想像してんの俺……馬鹿だろ)
そもそも、俺がどうこうする事じゃない。あくまで推測の域でしかないし。それよりも、こんなにウダウダ悩むのは俺らしくない。悪かったって思う気持ちがあるなら、やっぱり謝るべきだよな。こないだも結局謝るの遅くなっちゃったし。
よし、今日の夜にでも謝りに行くか。そう決意した俺は静かに立ち上がり、集合場所へと急いだ。もう手遅れになるなんて、思いもせずに。
*
「チサトはもう居ないよ」
自由時間が終わる前にと、俺は先輩が居る筈のロッジに急いだ。けど俺の予想に反して、出て来たのは転入生で、告げられた言葉は耳を疑うものだった。
「は?」
「熱が酷くて、此処じゃとても看られないから、皆よりも先に山を下りることになった」
「……」
「さっき電話した時は大丈夫って笑った声が聞こえたけど、あの様子じゃ……」
そう言って悲し気に目を伏せた転入生。俺はそのまま走って自分の部屋に急いだ。後ろから俺を呼び止める声も無視して、急いで部屋へと駆けこんだ。慌ててロッジに入って来た俺を、謹慎中の甲斐先輩が目を丸くして見ていたけど、それにも構わず俺はベッドに置き忘れた携帯を手に取る。
「浅木、何してるんだ」
不思議そうに甲斐先輩が声を掛けてくるも、俺は急いでいて返事をする余裕がなかった。最近見慣れた番号の通話ボタンを押し、相手に繋がるのを待つ。ドクドクと心臓が煩い、呼吸が荒くなる。出ろ、出ろ、出ろ。
けど俺の願いも虚しく、ブチッと言う音が鳴った後には、ただいま電話に出ることが出来ませんの声。何度掛けても、もう一度だけと掛けてみても、繋がらない。俺は、静かに携帯を置いた。
「浅木?」
どうしてこんな気持ちになるんだ。先輩の為を思ってやったのは自分なのに。それなのに、こうして先輩と繋がりが無くなるのを、何で俺はこんなに恐れてるんだ。無情な電子音に、俺は心がサーッと冷めていくのを感じる。何だか先輩自身との繋がりを絶たれている様な、そんな気分にさせられた。
なんで、どうして転入生とは電話したのに。
「……うそつきヤロー」
迎えに行くって、言ったくせに。
俺が風邪を引かせたのに、そんな自分勝手な事を考える自分に更に自己嫌悪した。