千里の道も一歩から | ナノ


2

「うーん、どうしよっかな」

 首を捻りながら、俺は机の前に広がる原稿用紙を見つめる。と言うのも、只今記事の作成中なのだ。一週間、ないしは二週間に一度のペースで発行される奏京新聞は、全校生徒の楽しみでもある。まあ、俺の記事は出しても見てもらえないのは分かってるんだけどねぇ。
 白紙の原稿用紙を睨み付けながら、俺はひたすら唸った。煩いと思うかもしれないが、生憎と人が居ない空間でね。唸り放題だ。今俺が居るのは第三図書室と言う、奏京学園で最も小さい図書室だ。実は新しくデカい図書室が本校舎に設立された為、この第三図書室は皆から忘れられた図書室となりつつある。まあ本校舎から遠い東棟にあるからな。因みに第二図書館は西にある部室棟の中にあり、部活に行く人たちが利用するからそれなりに人の出入りは激しい。因みに東棟は移動教室が多く入っているため、放課後此方に来る生徒は少ない。だからまあ、こうして静かな空間にいられるんだ。
 そして俺が何故そんな忘れられた図書室で下書き用の原稿用紙と向き合っているのか、答えは簡単。それは俺が図書委員だからだ。そして大体の図書委員は皆本の多い第一図書室か第二図書室の当番を選びたがる。そこで俺は立候補したのだ。此処の当番をすると。そして今に至る訳だ。こんないい空間この学園に此処しかないと思う。いや、まあ生徒会や風紀が使ってる特別棟とは比べ物にならないかもしれないけど。
 まあ兎に角ここのお蔭で俺は記事を書けるんだ。ホント第三図書室様様だな。そう思った時だった。ガラッ!と扉が開く音が聞こえ、思わず固まった。おいおい、誰だよこんな辺鄙な所に。確かに時々人が来るけど、まさか俺が記事の構想練ってる時に来る事ねぇだろ。などと、自分の場所でもないのに妙な苛立ちを募らせる俺は、敢えてそちらには視線を移さず、目の前の用紙に集中した。早いとこ借りてさっさと出てってくれ。そう念じながら、俺はチラリとだけ視線を原稿用紙からずらした。

「――!」

 ずらして、すぐ傍に人が立っていると気付いた時には驚いた。思わずビクッと身体が跳ねる位に。何とカウンターの目の前に人が立っていた。恐らく今入って来た人物だろう。

「えっと…」

 取り敢えず、といった様に俺は言葉を漏らしたのだが、目の前の男はただジッと俺の前に広がる原稿用紙を見つめていた。そしてスッと、目線が俺に変わった。その深い眼差しに思わず息を呑む。つか、何だこの人。恐ろしく顔整ってんな。目とか蒼いぞ。しかも金髪。金髪なんて、そう似合うもんじゃないけど、この人のは何と言うか自然だ。これ以上ないほどピッタリと言える。もしかしてハーフか何かか?

「探したい本でも?」

 色々突然で驚いたけど、カウンターに直行してきたって事はそう言うことだよな。基本此処の当番俺だし、最近借りてった人はいない。だから返しに来たわけではないだろう。冷静になりそう思ったのだが、相手は反応を示さない。
 何だこいつ、と思いながらタイの色が上級生の赤いタイなのが目についた。先輩か。おーい先輩しっかりしてくれよ。後輩が困ってるよー。心の中からそんな風に応援していると、その先輩は細くて長い綺麗な指を俺の原稿用紙の上に滑らした。男に綺麗って言うの何だけど、本当に綺麗だ。その所作までも。

「――まだ、書けてないんだ」
「え?」

 そしてあろうことか声までも、綺麗だ。低く澄んだその声が、俺に向けられている。

「あ、はい……」

 俺はそれに生返事をする。え、何。俺に話しかけてるよね。なんで。

「今回は何書くの?」
「え?」
「この前はハイネのこと書いてたでしょ?あの裏庭の猫」

 裏庭の猫、その言葉でこの人がテコピンのことを言っているのだと理解した。つかハイネって、テコピンより遥かにネーミングセンスいいじゃねぇか。頑張れよ友人。

「確かその前は、池にいるハートの模様がある金魚の記事だったかな」
「な、何で……」

 どうして俺の書いた記事を知っているのか。
 そう聞こうとした俺だったが、混乱して言葉にすることが出来なかった。しかし男は俺の思いを察したのだろう、口元に小さな笑みを浮かべ、俺を見据えた。


「何でって――俺がお前の記事のファンだから、かな」


 身近な人でいい。誰かを笑顔に出来るなら。そう思い書き続けて来た記事。まさか、こんなイケメンなファンがついているとは思いもしなかった。
[ prev | index | next ]

bkm