12
「さあ、寝るぞ」
「……マジッすか」
そう言って、早々にベッドの中に入る甲斐先輩に、俺は思わず肩を落とす。
「消灯時間は十時だろ」
「まだ十時前ッスよ」
「その前に寝ておくのが基本だ」
ああ、そうだった。この人風紀委員長だもんな。流石にそう言う規則には従うよな。それにしても、消灯時間の前にベッドに入るなんて、俺初めてだわ。
「ほら、早く。電気消すぞ」
「分かりましたよ」
しかも甲斐先輩と同じベッド。そんなに大きくもないから絶対狭いし。何だか色々憂鬱だわ。小さな溜息を吐きながら、俺は先輩が寝そべる布団の中に入る。つか布団一枚だし、ぜってー寒いわこれ。でも先輩の方に寄るのも悪いから、端に行こ。俺寝相悪いし。
「おいおい。そんなに端に行ったら落ちるぞ」
「うおっ」
しかし、目敏くも先輩は俺の行動に気付き、端に移動しようとした俺の身体を自分の方へ寄せた。急に密着、それも俺の背にべったりくっつく先輩に、俺は目を丸くした。
「……あー、俺寝相悪いッスよ。マジで」
「へえ。何だか意外だな」
「そうですか?いや、つか、ホント蹴とばされても知りませんよ」
こうして他人と密着して寝たことないから、寝辛い。けど温かいな、結構。仕方ない、多少の窮屈さには目を瞑ろう。先輩も同じ思いをしている訳だし。
「――ん?何か震えてないか?」
「え?あ、俺の携帯」
誰だ?
そう思い暗闇の中画面を見ると、そこに表示されているのはチサ先輩の名前だった。
「チサ先輩だ」
「何……?」
「すんません。ちょっと出て来ていいですか?」
腹に回った先輩の手を外そうとするが、甲斐先輩は中々離してくれない。
「ちょ、甲斐先輩?」
「此処で出ていいぞ」
「はい?」
「と言うより、此処で出てくれないか?」
何だかそう言う先輩の声が少し楽し気に聞こえたのは俺の気のせいか?でも今更場所を移動してたら電話が切れちゃうし、仕方ないか。俺は言われた通りその場で通話ボタンを押した。
「もしもし」
《……翔太郎?》
「どうしたんスか」
ホッとしたような先輩の声。そんな会ってない訳でもないのに、懐かしく感じるわ。電話だからかな。
《いや、その……今日、どうだったかなって》
「え?」
《今年は、ちゃんと参加できてるだろ?》
「あー、まあ。それなりに」
《楽しめてるか?》
少し窺うような声に、俺は以前先輩に話した去年の事を思い出す。まあ確かに去年よりは、楽しめてるけど……明日以降はどうだろうな。まあ、でも楽しいのかな一応。
「まあ、楽しんでますよ。色々」
《そっか。それなら、良かった》
「え?」
《明日以降も楽しんでもらえる様、頑張る》
ああ、そっか。そう言えばチサ先輩は、俺が合宿を楽しめるかどうかを凄く気にしてたしな。それでこうして態々確認の電話を掛けたのかもしれない。頑張る、そう言ったチサ先輩からはかなりの意気込みが伝わってくる。
「ハハッ。それじゃあ、楽しみに……ッぎゃ!」
《……翔太郎?》
「ちょっ、何すんだよ!」
「悪戯」
「はああ!?だからって首の後ろ舐めるとか……あああ!マジで鳥肌立った!割と本気で寒気がする!」
「フッ、照れるなよ『翔太郎』」
「うわー……ヤバい、鳥肌マジヤバい」
「夜は長いんだし、楽しもうぜ」
チュッと、電話を当ててる方の俺の耳元でリップ音を立てられ、俺は慌てて先輩を突っぱねた。
「ぐぁあああ!もうマジで何なんスか!」
「いや、ちょっとした悪巧みだ」
「あ、そうなんですか。ならいいですけど……って、ならないから。何スか悪巧みって!いい笑顔で言っても俺は許さないですから」
「まあそんな怒るなって」
これを普通に流せと?男に舐められても鳥肌しか立たないし、ホント、ゾッとするから止めて欲しいんだけど。これじゃあ、おちおち寝てらんない。
「うえー……まだ感触残ってる」
「そこまで嫌がられると流石に傷つくな」
「なら相手を選んでやって下さい」
「それはそうと、浅木」
「何スか」
「――電話、いいのか?」
笑いながら先輩が指す先には、転がる俺の携帯。やべ、先輩突き放した瞬間にそう言えば放しちゃったんだっけ。しかも、まだ先輩と通話中だった。俺は慌てて携帯に手を伸ばし、そして携帯を耳に当てた。
「あ……切れてる」
まあ当然か。会話的にはもう切ろうとしてた所だし。それに暴れて俺が切ってしまったのかもしれない。急に耳元で叫んだりして悪かったな。今度謝ろう。
「はあ……なんか疲れた」
「悪かった。お前は先に寝ててくれ」
「は?」
そう言って甲斐先輩は徐にベッドから出て、扉に向っていく。おいおい、消灯時間だから寝ようと言ったのは何処のどいつだ。
「ちょ、先輩」
「――後少しで」
「え?」
「客が来る。それを出迎えに行ってくる。お前は気にせず寝てくれ」
暗いからよくわからない。それでも、先輩は何処か面白そうに笑っている。そんな感じがした。そのまま部屋を出て行く先輩。俺は一人になった部屋で、ゴロリと大の字になってベッドの上に寝転がった。
「まあいいや。もう寝よ」
疲れたし。一々含みのある甲斐先輩の言動を気にしてたらキリがない。先輩が帰って来て寝る場所無くても俺のせいじゃねぇし。寧ろザマァミロだし。
そんな悪態をつきながら、俺は静かに目を閉じた。
*
そんな時間は経ってないと思う。
眠りの世界に片足突っ込んでいた俺は、何処からともなく聞こえてきた大声に意識を半分戻される。
「――落ち着け千里!」
(……チサト?チサトって、何だっけ。あー、先輩の名前か)
考えが上手く纏まらない。俺は眠たい目を擦ってムクリと身体を起こした。もー何だようるせぇな。
どうやらリビングの方で、誰かが揉めている様だった。