千里の道も一歩から | ナノ


9

 俺、尾上千里は今大きな目標を胸に、目前に迫る合宿に思いを馳せていた。

(呼び出してしまった……)

 考えるだけ心臓が痛い。柄にもなく緊張しているようだ。こんなにも、大変な事なんだな。告白と言うのは。そう、俺は最終日前夜に翔太郎に想いを告げようと思っている。そして、自分の正体も。本当は俺が生徒会長と言うのを伝えるのは凄く嫌だ。翔太郎は報道部員だから、俺の噂も沢山聞いただろう。それを翔太郎が信じているのかは定かではないが、スキャンダルを撮られる様な事をして来たのは事実だし、その事を今更悔いても仕方がない。
 でもこのまま黙っているのはもっと翔太郎に対して不誠実だと思う。だから、翔太郎に俺自身が向き合う為にも、俺は想いを告げるべきなんだ。それでもし、翔太郎に拒絶されたら……。

(拒絶、されたら?)

 望みが薄いのは分かっている。だけど、拒絶される程とは思っていなかった。と言うより、考えていなかった。翔太郎は自分が男と付き合うなど、ましてや俺に好かれているなど全く思っていないだろうし、それでもし俺が告白なんかしたら……。


「気持ち悪い」
「ッ……」


 今一瞬思ったことと現実で掛けられた言葉が同じで思わず息が詰まる。俺は書類に落としていた視線を上げ、声の主である書記の雨音を見る。雨音は大きな目を吊り上げて此方を睨んでいた。

「ちーちゃんさっきからずっと百面相してる。仕事に全然集中してなーい」
「悪い……て言うかちーちゃんはやめろ」
「ちーちゃんきっと愛しの翔太郎くんの事でも考えてたんじゃないのかなぁ」
「うるさい。お前は黙って手と手と手だけ動かしてればいいんだよ」

 俺、そんな手ないよ!と文句を言ってくる秀樹を無視して、俺は今一度書類に目をやる。大体こいつが翔太郎と会いさえしなければ……いや、それは違うか。今回の事は全部俺の行動が裏目に出た結果だ。
 思わず甲斐の元へ走ったのも俺。環希が遊びに来てる時に電話したのも俺。それで翔太郎に勘違いさせたのも俺だ。だから、今後そう言う間違いや勘違いが起きないように、俺は想いを告げようと思ったんだ。勘違いなどさせない、俺はお前しか見てないって伝える為に。

「千里、最近変ですね。妙にやる気になったり、いきなり凹んだり」
「あはは。マジで青春してんねぇ」
「えー僕もその翔太郎くんみたいなー。秀樹ばっかずるい」
「確かに不公平ですね」
「俺に説教を垂れたんだ。お前達もさっさと仕事をしろ」

 秀樹が余計な事を心や雨音に言うもんだから、こいつらが翔太郎に会いたいって煩く言うようになった。

「はーい」
「すいませんでした」
「でも気になるのは仕方ないっしょ。あの遊び人のチサトが恋する相手なんて……」
「秀樹。二度目はないぞ」
「ごめんなさい」

 思わずイラついた声を出したせいか、珍しく秀樹が大人しく引き下がった。でも、本当の事だから今のは俺が大人げなかった。『遊び人』――それだけはどうにか印象を変えたくて、俺はある手を使った。
 それが翔太郎とよく一緒に居る友人だ。本当に偶然俺と同じ班に居たのだ。汚い手かもしれない。今更変えられないかもしれないけど、俺はその友人に色々話しかけ警戒心を薄め、少しでも有能な所を見せておけばもしかしたら株が上がるかもしれない。色々な思いを引っ提げて俺は彼に接触した。勿論彼は戸惑っていた。だからなるべく人から良いと言われる笑顔を頑張って張り付けてた。

(結局、俺への印象はどう映ったんだろう)

 それが翔太郎に上手いこと伝わっていればいいんだがな。
 結果こそ分からないが、今は俺に出来ることをしないと。それが優位に働くと信じてな。





「へっくしょ!」
「きたねっ」

 突然友人がクシャミを飛ばしてきた。笑ってたらいきなりだよ。

「悪い、なんか急にムズッと来て」
「まあいいけど。早めに手を使えよー」
「ああ。んー、誰かに噂されてんのか?」

 誰がお前の噂すんだよとは敢えて言わず、うんソーダネとだけ言っといた。
 そしたら脛を蹴られた。理不尽。

「あ、そーいや今日の話し合いでまた会長が俺に話し掛けて来てさ」
「へぇ」
「なんか今日は俺の友達に関して色々聞かれたわ」
「はあ?」
「だからお前の事も話しといた。結構際どいヤツとか」
「はああ!?」

 イェイとブイサインする友人に、俺は思わず呆ける。お前何を堂々と……つか際どいヤツって何だよ!

「そしたらお前の話の時、イヤに食いついて顔真っ赤にさせてさー。マジ周りのヤツらもキャーキャー言ってたぜ」
「おいお前何話した。全て話さなければあの事を校内の掲示板に貼りまくるぞ」
「ごめんなさい際どいのは嘘です。ただ謎の先輩について話しただけです」
「は?」

 それ余計に意味不明。つか何で会長様がそれで食いつくんだよ。

「お前が謎の先輩に想いを馳せてた時の事とか、色々言っといた」
「馳せてねぇよ。つかその情報要らねぇだろ」
「いやー、ほら会長様にその綺麗な謎の先輩の話すれば何か分かるかと思ったんだけど、駄目だった。知らないって言ってたし」

 ふーん。やっぱ会長様もチサ先輩の事が気になったんだ。まあ綺麗とか言われたら気にはなるか。
 なんて呑気に考えていた俺は、図書室でいつも通り待っていたチサ先輩の様子に首を傾げた。


「先輩、此処に来て大丈夫?忙しくねぇの?」
「え、あ、いや……大丈夫だ」


 しどろもどろなチサ先輩は、何故か顔を赤くさせながら、その日はずっと嬉しそうに笑っていた。うん、不気味だ。
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bkm