千里の道も一歩から | ナノ


1

 突然で申し訳ないが、俺は思うのだ。
 まず何故この学園に入学したのかと。そう、根本的な問題だ。今更どうしようもないから尚更問いたい。何故此処に入った、俺。そう自分に問い質したくなるのだ。この閉鎖的な学園内に居ると。

「おーい。翔太郎ー」

 俺が屋上で一人そんな事を思い耽っていた時だった。何処からか友人の声が聞こえた。どうやら俺を呼んでいるようだ。まあ、用件は何となく分かってるんだけどな。俺は徐に立ち上がり、扉の所で叫んでいるであろう友人の元へ近寄った。

「何だよ」
「何だよじゃねぇよ!毎度のことながら何だあれは!」

 俺を見つけるなり友人が目の端を吊り上げて怒る。と言うかお前に怒られる筋合いはない。そう言いたい。けど言わない。面倒になるのは目に見えてるし。

「いいじゃん別に。違反をしている訳でもないし、部のルールから外れてもない。寧ろ健全でとても素晴らしい!」
「自分で言うな!」

 何だよ、別に自分で褒めたっていいじゃん。口を尖らせ不満げな俺に、友人は呆れた様な溜息を吐き出す。

「お前さぁ、部長に言われたんだろ?今回はちゃんとしろって」
「俺はいつだってちゃんとしてる!」
「威張んな!」
「つか寧ろ俺は問いたいね。アレの何処に不備がある?」
「そ、それは……」

 そこで言葉を濁した友人。ほら見ろ。別に不備なんかないだろ。目でそう訴えかける俺を、友人は恨めしそうに見ると、突然俺に掴みかかって来た。そして涙ながらに俺に訴えた。

「でもだからって――テコピンの事を記事にするなんて!」
「良いだろ別に!」
「良くねぇ!アレを見たらテコピンファンが増えて俺のテコピンが穢れる!」
「誰がお前のだ!」

 ほら見ろ!もうメンドイ!お前が呼んだ時点で面倒なのは分かってたけど敢えて言葉にするわ。ホント面倒!

「テコピンは俺だけの天使だ!」
「気持ち悪ぃな!テコピンが可愛いのは認めるけどお前は気持ち悪い!」

 俺が此処までストレートに貶しているのに、余程テコピンで頭が一杯なのか、うおぉぉと変な雄叫びを上げながら苦しむ友人。此処まで来ると何か可哀想になってくる。哀れで。だが俺は言いたい。

「大体、猫一匹になんて心酔の仕方してんだよ」
「猫と言うな!テコピンと呼べ!」
「もうお前と話したくない」

 そう、何故そこまで裏庭のアイドル・テコピン(猫)に夢中になれるのか。確かに可愛いが、テコピンと呼んでいるのはあくまでこいつだけ。実際には色々な呼ばれ方をして色々な輩に撫で回されているのを俺は知っている。そ、俺がこうして記事にしようとしまいと元々彼女は周知のアイドルなのだ。だがそれを言ったらこいつはこのまま卒倒しそうなので言わないでおこう。

「お前だけだぞ!報道部の中であんな記事書くのは!」
「別にいいだろ。つかみんな同じようなことばっかじゃつまんねぇだろ」

 そう、俺――浅木翔太郎は、この奏京学園の報道部に属している。報道部とはそのままの通り、学園のあれこれを記事にまとめ掲示板に張り出したり、イベントなどの行事では司会を任されたりする。そして友人が言う記事と言うモノを、此処の生徒達はみな楽しみに待っているのだ。
 まあ、それには理由があるんだけど。

「大体皆書くのは本当かどうかも分からない生徒会や風紀委員のネタばっかじゃねぇか。あー後今なら転入生?俺、正直興味ない。凄く興味ない。寧ろいらない」
「ホント正直だな」

 だって男だぞ。男の情報見て何が嬉しいの?馬鹿なの?頭悪いの?
 此処のやつらは皆男の子。だから生徒会や風紀委員も当然男の子。渦中の転入生も男の子。なのにいくら閉鎖的な男子校だからって、どうして男に走る。どうせ走るんなら一時間もすれば大きい町に着くんだからそっち向かえよ。女の子引っ掛け放題じゃん。まあ、簡単に出れないからそうなってるのかもしれないが。
 まあそんな訳で俺はそんな学園内で有名な輩たちのことは全く記事にしない。これっぽっちも。皆がどれだけやつらのホットなニュース見たさに掲示板に集まっても、俺が書くのは至って健全かつ平凡な内容。恐らく、誰も俺の記事なんか見てないだろうな。友人たちは別としてだけど。

「他の部員は記事の見て欲しさに色々体張ってんのに……」
「ねー。あれ殆ど盗撮じゃん?凄いよねぇホント」
「はあ……お前、もっとデカいネタ書けば絶対皆見てくれんのに、勿体ねぇ」

 俺も勿論自分の書いた記事は誰かに見てもらいたい。けどそれは情報に飢えた男子生徒達じゃなくて、もっと身近で、ちゃんと分かってくれる人達に見てもらいたいと思ってる。

「ね。俺の記事どうだった?」
「……俺の天使の記事だぞ。面白くない訳ないだろ!」
「あっそ」

 そう、例えば友人だったりとか、家族だったりとか。そう言う人達に見てもらって、今みたいに面白いって言ってもらえたら、俺はそれだけで満足だ。ほんの少しでも、俺の記事で笑顔になってくれればいいんだ。だから俺は、これからも方向性を変える気はない。
 そう宣言すると、友人はいつもの様に呆れた様に笑うのだった。

 そして今日も俺は、何かネタはないかと校内をうろつく。
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bkm