千里の道も一歩から | ナノ


7


「翔太郎……」
「え?先輩?なんで居んの?」

 今日の授業も終わり、呑気に図書室に行ったらアラびっくり。何故かチサ先輩が既にそこに居た。俺はまさか居ると思っていなくてかなり面食らった。

「なんで、電話出てくれないの?」
「え?電話?」

 俺の傍までやって来たチサ先輩は、何でか悲しそうな顔をしながら俺にそう言ってきた。そう言えば今日、携帯が一度も震えなかったなと思い、ポケットやカバンを探ってみるが、そこに携帯の姿がなかった。あれ、もしかして……。

「ごめん先輩。忘れた」
「……え?」
「昨日電源切ったまんま、部屋に忘れて来たっぽい」

 すんません。と笑って謝る俺に、チサ先輩は暫く呆けた後、はぁと大きな溜息を吐きながらその場に座り込んだ。その様子に余程大事な用でもあったのかと思った俺は、先輩の前に膝をつき、項垂れる先輩の肩に手を置いた。

「ホントすいません。俺、たまーに忘れるんスよ。悪気はなかったんですけど、何か用ありました?」

 だから今日此処まで来たのだろうし。そう思い聞いたのだが、先輩は顔を俯かせたまんま首を横に振るだけ。

「……昨日の」
「え?昨日?」
「なんで、急に電話切ったの」

 質問されている感じではなく、寧ろ何処となく責められている様な気にさせる言い方だった。俺は何のことだと一瞬首を傾げるが、もしかして昨日の夜の事を言っているんじゃないかと答えに行きつく。

「なんでって、そりゃあ……」
「俺は、あの後何度も掛け直したし、今日だってずっと掛けてたのに……」

 学校あるのに何してんだこの人。て言うか帰ってからの携帯の履歴がこえーよ。つか何でそもそも掛け直す必要があるんだ?

「邪魔しちゃ悪いと思って」
「邪魔?何それ。俺、翔太郎と話してる時に翔太郎が邪魔だなんて言ってない」
「いや、そりゃそうだけど……」

 何で俺、こんな責められてんの?
 展開について行けず、押され気味の俺は先輩の肩から手を退けようとした。しかしその手は、引っ込める前に先輩の手に掴まれた。ギョッとする俺に対し、先輩は何時ぞやの様に必死な顔で俺に詰め寄る。

「じゃあなんでそんな風に思うんだ」
「いや、だって、あんな時間に部屋に一緒に居るなんて、もしかしたらその、恋び――」
「違うッ!」

 急に大きな声出すから思わず喉の奥から変な声が漏れた。何かこの展開前にもあったぞ。何やら不穏な空気に、俺は思わずたじろぐ。

「どうしてっ、なんでそう思うんだ!」
「な、なんつーか、先輩一人部屋でしょ?」
「ッ、なんで知ってるの?」
「知ってるもなにも、会議に出れるぐらいの人だったら一人部屋与えられてるでしょ?それに、その声の主、チサトって名前で呼んでたから」
「……っ」
「名前知る人はそう多くないんでしょ?だから、その可能性もあるかなって、軽く考えただけなんだけど……」

 まさか先輩がそんなに重く受け止めるって言うか、此処まで俺を問い詰めてくるとは思ってもいなかった。この前の事と言い、あんま先輩の恋愛事情に首を突っ込むのは良く無さそうだ。

「あー、えっと、俺別に誰かに言ったりしないし、そんな気にしなくても――」

 その時だった。
 俺の声を遮る様に、突然『ピーンポーンパーンポーン』と呼び出しの音が室内に響き渡った。


<――生徒会長、尾上千里。至急第三会議室まで来るように。もうとっくに会議は始まっている。議長のくせにすっぽかすな>


 ブツッと、荒々しく放送が途切れた。と言うか今のって、甲斐先輩だよな。この前もそうだったけど、生徒会長呼び出されすぎだろ。今までこう言う放送聞いた事ないんだけどな。此処最近よく聞く気がする。

「翔太郎」
「え?」

 放送に気をとられていた俺が、今一度先輩の方へ顔を向けると、先輩は真剣な表情で俺を見つめていた。その強い眼差しに気圧されグッと息を呑むと、先輩は静かに俺の手を離し、そして凛とした声で言った。


「――合宿の、最終日前の夜」
「え?」
「一緒に来てほしい所があるんだ」


 何だいきなり。
 突然の誘いに目を丸くする俺に、先輩が聞き取れないくらい小さな声で呟いた。

「これ以上、誤解されるぐらいなら……」
「え?」
「望みが薄くても、俺、覚悟決めるよ」

 何やら強い意志を感じさせる先輩は、そう言って立ち上がり、扉の方へ向って行く。え、ちょ、俺まだよく事情を呑み込めてないんだけど。

「ちょっと、先ぱっ」
「絶対、迎えに行くから」
「……っ」
「だから、待ってて」

 最後の最後に柔らかい笑みを残してその場を去った先輩。何だよ、さっきまで泣きそうな位必死な顔してたのに。意味分かんねぇ。どこの我儘坊ちゃんだ。でも、俺はきっと待ってしまうんだろう。先輩が迎えに行くと言う言葉を、信じてしまっているんだから。
 あー、なんかホント俺、ああ言う顔や態度に弱いわ。自分の難儀な性格に、思わず頭を抱えた。
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bkm