千里の道も一歩から | ナノ


6


「昨日はすまない」
「え?」

 今日も今日とて話し合いがあり、チームに別れて当日の事を色々決めようと言う事になり、俺はなんと甲斐先輩と一緒にレク担当に選ばれた。そして話を始めようと思ったところで甲斐先輩に頭を下げられた。
 いきなりの事に俺は面を食らう。

「何がですか?」
「昨日の話し合いの時に、お前が俺と尾上の親衛隊隊長との言い争いを止めてくれただろ?お前がハッキリ言ってくれたから今こうして皆で集まって話が出来る。本来なら俺がやるべき事をやってくれて、本当に感謝している」

 それが理由で頭を下げているらしい先輩だが、俺は別に謝られるようなことだと思ってないし、もう二度と進行の妨げをしないならそれでいいと思っている。まあでも、こうして先輩が謝ってくれているのに、その気持ちを無碍にするのは何だから、俺は別に気にしてないですとだけ返しておいた。

「あーそれで、当日の事ですけど……」
「悪い。一つだけ聞いてもいいか?」
「はい?」
「お前、尾上とどう言う関係なんだ?」

 先輩の言葉に暫し沈黙し、俺は徐々に首を傾げていった。

「えっと?どう言う意味ですそれは」

 確かアレだよな、尾上って会長様の事、なんだよな。うん、で?何で俺と会長様の関係を聞かれる?と言うか聞かれても答えは一つしかない。

「他人……としか言えませんけど」
「え?」
「ええ?」

 俺の答えに先輩が目を丸くする。何だ、どういう事だ。何でそんな驚く。先輩の驚き様に俺まで驚いていると、先輩はそれ以上追及するわけでもなく、「そうか……」とだけ呟いた。何だか気になるけど、これ以上は俺も混乱しそうだし止めとこう。
 そう思い再び机に視線を落としたのだが、フと気になる事が浮かんできた。

「あの先輩。俺も一つ聞いていいですか?」
「なんだ?」
「昨日、先輩の所にチサトって人来ませんでした?」
「え?」

 またもや目を丸くし、今度は口までポカンと開ける先輩に俺まで釣られて間抜け面になる。だから何だよさっきからその反応は。

「……成る程な」
「え?」
「それで俺の所に来た訳か」

 そうかそうかと何やら納得が言った様な先輩。しかし俺は全く納得いかない。て言うか俺の質問に対する答えをまだ貰ってないんですけど。俺の不満がありありと顔に出ていたのか、甲斐先輩は慌てて俺に謝った。

「悪い悪い。何て言うか、意外でな」
「意外?」
「あの冷血漢があんなに怒るほど、お前を気にしていたことがさ」

 その冷血漢とは、まさかチサ先輩のことか?冷血漢と言う響きは正直ピンと来ないが、やはり甲斐先輩もチサ先輩の事を知っているのか。何か意外に多いよな、先輩の本名知ってる人。

「やっぱり来たんですか、チサ先輩」
「ああ。血相変えて、どう言う事だ!って怒鳴り込んできた」
「あー、やっぱ先輩行ったんだ。何て言ってました?」
「翔太郎とお前が同じ班だなんて俺は聞いてない!って言ってたな」
「あははー……それはすいませんでした」

 その時の光景を思い出しているのか、甲斐先輩が小さく笑った。それにしても先輩、そんな事を言いに甲斐先輩の所へ行ったのか。もしかして俺が憂鬱とか行きたくないとか言ったから、甲斐先輩と同じ班が嫌なのかと勘違いしたのかも。まあ同じ班で嬉しいとまでは言わないけどさ、嫌って程でもない。
 まあきっと俺の為に言いに行ってくれたんだし、とやかくは言わないけど。寧ろ今度お礼を言った方がいいか。今度ね。昨日の今日で顔合わせるのは、昨日の電話の事もあるし何だか気まずい。それにどのみち今日は金曜日だし。きっと来ないだろう。

「あれ?と言うか、よくチサ先輩あの特別棟に入れたな」
「――!」
「あ、もしかして先輩が入れたんですか?チサ先輩を」

 知り合いなら別にそれも可笑しくないだろうし。だが先輩は俺の質問に答えずジッと俺を見つめ返すだけ。何か変な事を聞いたかと首を傾げた瞬間、甲斐先輩が一つ大きく息を吐く。

「……貸しだな」
「え?」
「ああ。偶々他の風紀委員が見つけてな、特別棟の風紀室まで連れて来てくれた」
「そうですか。俺も昨日特別棟まで言ったんですが入れなくて。そしたら長谷川秀樹とか言う男にいちゃもんつけられましたよ」
「長谷川にも会ったのか?」

 甲斐先輩も知っていると言う事はやっぱりあの人有名なのか。まあ心底どうでもいいんだけどね。

「ええ。まあ話し合った結果連絡先を交換してその場は丸く収まりましたけど」
「連絡先を?よくアイツがそれを許したな」
「え?」
「長谷川の手の早さは、アイツもよく知っていると思っていたが」
「アイツってチサ先輩ですか?つか手の早さって、別にそれ目当てじゃないですよ?ただの確認メールをくれただけです」

 そう言えば手が早いって、何かチサ先輩も言ってた気がする。あんまよく分からないことをわちゃわちゃ口にしてたから気にしてなかったんだけど。みんなこの学園に毒され過ぎてないか?そんな皆に手を出すわけじゃないだろ流石に。

「……だが、気をつけろよ。長谷川秀樹は食えない男だ」
「はあ」
「それにしても、あの男も馬鹿だな。こうなる前に、さっさと真実を伝えればいいものを」
「え?」
「そしてお前も、苦労するな」

 何だか哀れんだ目で俺を見てくる甲斐先輩に、俺は訝しげに顔を歪める。何故そんな目で見られなければならないんだ。意味が分からなくてイラッとするが、一つだけ分かった事がある。
 それは俺が思っている以上にチサトと言う人物は、秘密を抱えていると言う事だ。もし、俺がその秘密に触れた時、その時は、先輩がどうしてこんな目で俺を見てくるのかとか、そう言う理由も分かるようになるのかな。
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bkm