千里の道も一歩から | ナノ


5

 その日の夜、寝る前に部屋でゴロゴロ漫画を読んでいると、傍に置いた携帯が振動しているのに気が付いた。すぐに止まらない事からそれが電話であるのが分かる。携帯を手に取り画面を見ると、全く知らない番号からの電話だった。
 誰だこれ、登録されてねぇな。知らない番号からのだし出るのを躊躇っていると、振動が止まる。もう一度確認してみようとトップ画面を見ると、いつの間にかメールが来ていた。しかもその相手は今日出会ったあの男、長谷川秀樹からだった。こいつが俺にメールをくれると言う事は、チサ先輩にちゃんと返してくれたのだろうか。そう思いメールを見ると、本文には何も書かれておらず、代わりに写真が添付してあった。

「あ?」

 写真のファイルを開いて思わず間抜けな声が漏れる。
 そこに写っていたのは、長谷川秀樹と肩を組んでいるチサ先輩が写っていた。そして俺が預けた鞄もチサ先輩が抱えているのか、端の方に写っている。つまりこの写真はちゃんと先輩に渡したよって言うことか。とは言え、何故写真なのか。確かに信憑性も高まるから手段としてはいいが……。

「にしてもこの顔……っ」

 ふっ、と思わず噴いてしまう。肩を組む、と言うか無理やり組まされているように見えるチサ先輩の顔は本当に嫌そうだ。此処まで不機嫌そうな先輩の顔初めて見たな。きっと訳が分からないまま渡されてすぐにこの写真を撮ったんだろうな。

「ん?」

 すると画面が切り替わり、また電話がかかって来た。番号は、さっきと同じか?長谷川秀樹かとも思ったが、登録したしヤツではないだろう。なら誰だ?悩んでいると電話が切れる。だが今度は間をおかずすぐにかかってきた。此処までしつこく掛けてくると言う事は、知り合いなのかもしれない。記憶にはないが、もしかしたら俺が登録してないだけなのかも。
 意を決し、俺は電話に出てみた。

「もしもし」
《……もしもし、翔太郎?》
「え?その声……チサ先輩?」

 思わず耳を疑ったが、電話越しに良かったと安堵する声はやはりチサ先輩だ。そして先輩から電話が来るってことは、本当に先輩に返ったんだな。いや、疑ってた訳じゃないけどさ。まあ、安心はするよな。

《ごめん、俺鞄置いてっちゃって……届けてくれてありがとな》
「いえ、俺こそ他の人に預けちゃいましたし」
《……》
「あれ?つか何で先輩が?俺、教えてないよね?」
《あ、その……》
「ん?」
《長谷川秀樹、分かる?》

 分かるも何も、今日会って、先輩の鞄預けて、さっきもメールが来た。俺が「はい」と一言返すと、先輩は何故か黙り込んでしまった。電話だからそうとは言い切れないけど、何となく先輩が言い辛そうなのは伝わった。

「あーもしかして、あの人から聞いたんですか?」
《……うん。ごめん》
「何で謝るんですか?」
《翔太郎から許可貰った訳でもないのに、勝手に聞いてごめん。でも、俺……》

 電話越しでも先輩が落ち込んでいるのが分かる。成る程、許可も貰わず他人から聞いた事に罪悪感がある訳か。まあ、確かにあの長谷川秀樹には人の情報をホイホイ渡すなと一言言いたいが、相手はチサ先輩だ。俺としてはそこまで深刻に考えてない。

「別に、今度聞く予定だったし」
《え?》
「手間が省けて俺はいいんだけど……」

 今日みたいなことが何度もあるのは流石に嫌だし。まあ今日みたく鞄に携帯入ってたらお手上げだけど、聞いといて損はないだろ。

《ホ、ホントに?怒ってないの?》
「ま、先輩以外に教えたってなったら流石にあの人に抗議しに行くけどね」

 先輩だからいいよと言うと、電話越しに先輩が息を呑んだのが分かった。

「先輩?」
《な、何でもない。それよりさ、秀樹の事だけど……》
「何ですか?」
《アイツに何かされなかった?》

 先輩の真剣さが伝わり、今度は俺が息を呑む。つか、何かって何だ?

《アイツ、ああ見えて頼りになるし、仕事に関しては信頼してるんだけど……》
「仕事?」
《な、何でもないっ。けど、その、アイツ見た目通り手が早いって言うか》
「はあ」
《秀樹に聞いても何もしてないって言うだけで教えてくれなかったし、本当なのかなって。アイツ、翔太郎がそうだって分かったみたいで、何かちょっかいかけたんじゃって……》

 先輩が喋っている言葉は日本語な筈なのに、全然意味が分からない。とにかく分かったのは、俺が何かされていないかって事だけだ。あの時を思い返してみても、特に何もなかったよな。言われはしたけど。態々言うことではないか。

「……何もされてはいませんよ」
《ホントに?》
「はい。てか、あれですねなんか」
《え?》

 先輩は本当に謎なままだったけど、俺は今日初めて先輩を知る人物に会ったんだな。考えたら凄いことだ。あんな風に先輩の為に怒る人が居ると知れたのは。

「先輩って、慕われてるんスね」
《え?それってどう言う……》
《おーい、チサト―?何してんだー?》

 その時、先輩の電話から他の人の声がした。
 それも先輩の名前を呼んでる。あの長谷川って人もそうだけど、本当に親しい人なんだと言うのは先輩を呼ぶ名前で分かる。先輩は、本名を殆ど明かしていないと言っていたから。
 じゃあ後ろから呼んでるのは、友達なのだろうか。もう、こんな夜も遅いのに――。

「あー……じゃあ、悪いんスけど電話切りますね。まだ俺風呂入ってないんで」
《え?あ、ちょっ》
「お休みなさーい」

 先輩に構わず一方的に電話を切る。ふー危ない危ない。つか忘れてたよ俺。此処がどう言う学園なのか。邪魔しちゃいけないと思って急いで切ったけど、流石に感じ悪かったか?いやーでもなぁ。
 この時間に傍に居る。つまりは、そう言うことだろ。
 あー、考えたら何か一気に生々しくなったな。正直先輩と性的な話ってあんま結びつかないんだけど、まあ健全な男子高校生ならば溜まるもんは発散したいだろうよ。男しか居ないけど。先輩が男も平気だって言うのは、この間俺に過剰なスキンシップをしてきた事から何となく窺えるが、けど何つーのかね。
 分かっているのに、理解しているのに、何でかモヤモヤするんだ。何だか知りたくないことをしってしまったような、そんな変な感じ。

「あー、もう寝るか」

 こう言う時は、寝るに限るな。先輩の性事情なんて俺が気にしても仕方ないし。電気を消していざ寝転ぶと、また携帯が振動しているのに気付いた。これは、先輩からだ。でも、今出るのは流石にな。つか先輩も何で俺に掛け直してくるんだか。そう言う時は相手を放って置いちゃダメだろ。
 先輩には悪いけど、俺ももう寝たいし、電源切っておこう。折角のお楽しみを邪魔する趣味は、俺にはないし。モヤモヤする思いは見て見ぬふりをして、俺は静かに目を閉じた。
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bkm