千里の道も一歩から | ナノ


4

「お前さぁ、そのカバンの持ち主が誰だか知らないの?」
「え?」
「て言うか、俺の事知らないの?」
「はあ?」

 え、何その質問痛くね?
 質問の意味が分からずはあ?とかまた先輩相手に言ってしまったけど、こいつムカつくからいいか別に。

「悪いけど知らないです」
「……マジでー?」
「あー、カバンの持ち主は、チサトって言う先輩のだけど?」
「うへぇ」

 信じられないと言う顔をした男は、マジマジと俺を見る。それも足の先から頭の先まで、値踏みするかのように俺を見る。正直イラッとするんだけど。

「"チサト"ねぇ」
「もういいッスか?早くこれ返さないと。さっきからずっと携帯鳴ってるし」
「あー、それは気にしないでいいよ。それ俺だし」
「え?」
「だから、俺がさっきから電話してる相手は、そのカバンの持ち主な訳。だから急がなくてもいいと思うよ」
「アンタ、チサ先輩のこと知ってんの?」
「知ってるもなにも――」

 そこで言葉を切った男は、顎に手を当て何かを考えた後、先程の顔が嘘の様にまた人の良い笑みを浮かべた。

「……俺達は同士だからねぇ」
「嘘くさ」
「酷い言い草だなぁ」
「あ、間違えました。胡散くさ」
「いやほぼ変わってないよそれ!」

 本当なんだろうか、こいつの言っていることは。でも、それが嘘だと見抜く証拠もない。するとそんな俺の複雑な心の中を分かっているのか、その男はニヤニヤと俺を見てくる。

「それにしても、まさかチサトがねー」
「何スか……」
「いや?今までは可愛い子ばっかりだったのに、結構路線変えて来たなって」
「は?」
「だってお前、可愛いと言うより格好いいじゃん?」

 いや、聞かれても俺は答えないぞ。自分で格好いいだなんて死んでも言わないからな。つかやりにくいなこの人。何考えてんのかサッパリだ。話も意味不明だし。あーくそ。俺が何も分からないのをいいことに弄びやがって。どうしてくれようこの男。
 その思いでムムムと男を睨んでいると、男は心底面白いとばかりに笑い声を上げた。

「アハハッ、むくれっ面は可愛いね!」
「もう行きます」
「まあ待ちなって」
「……アンタ、これからチサ先輩に会うの?」
「んー?そのつもりだけど?用あるし」
「なら、はい」

 ズイッと、重たいカバンを男の胸に押し付けると、うぐっと苦し気に呻いた。ちょっと勢いが良かったらしい。「スンマセーン」と適当に謝っといたからまあいいだろう。

「え?ちょ、これ」
「先輩に渡しといて。どの道俺が捜し回るより、アンタに託した方が良さそうだし」
「ええ?いや、でも」
「先輩の部屋とか知ってるんでしょ?」
「まーそりゃあ」
「なら宜しく」

 そのまま背を向け帰ろうとする俺の腕を、男が掴んだ。何?と顔で問い掛けると、目を真ん丸くさせ驚いてる男と目が合った。

「ちょっと待ちなよ。俺の事疑ってたんじゃないの?ホントはチサトと関係ないかもしれないじゃん。このカバンが欲しいだけかもしれないよ?」
「まあ、最初はそうも思ったけど、よく考えたらそれはないやって思って」
「なんで」
「だってアンタ最初、俺にそのカバンを盗られたと思って怒ってたじゃん。人を気持ち悪い盗人呼ばわりしてさ」
「……」
「そんなヤツが、態々話し合わせてカバンを持ち去るなんて馬鹿げてるなぁと思いましてねー」

 まあ、俺の憶測でしかない訳だけど。あーやっぱダメかな、人に預けんのは。でもこれ以上手の打ち様がない。此処入れないし。

「ふーん……じゃあさ、連絡先交換しよ」
「はい?」
「それで、俺がこれを届け終わったら、証拠の写真を送るよ。それなら安心出来るでしょ?」

 いや、まあ確かにそれは安心だけど。よりによってコイツに連絡先を教えるなんて。

「変なメール送って来ないですよね?」
「ホント、お前は俺を何だと思ってるの?すんごく失礼だよねぇ、チサトにもそうなの?」
「さあ。人への態度はあんま気にしないので、チサ先輩が俺を失礼と思っているかは分からないですね」
「うわー真面目に返されたー」

 当たり前じゃボケ。俺はお前と違ってヘラヘラチャラチャラ生きてねぇんだよ。と言う言葉は心の中だけで唱え、俺は携帯を持って待ち構える男に、自分の連絡先を見せた。そして俺にも自分の連絡先を登録するよう言って来た。
 いや結構です、と俺が答えても全然聞いてくれず、結局俺は『長谷川秀樹』の名前を登録する羽目になった。そんな嫌そうな俺に対して長谷川秀樹は、俺の連絡先とか超レアだよーとかまた痛い発言をしてきた。まあ顔は派手だし、有名なのかもしれないけど俺には関係ないし。

「そんじゃ、宜しくお願いしますよ」
「うん。じゃあねぇ」

 しょーたろー。
 そう言って俺に手を振る長谷川秀樹に、俺は全てを任せ、その場を後にした。





「あの子がねー……」

 颯爽と背を向け帰っていく浅木翔太郎を見送りながら、俺は何の考えもなく、ふーんと声を漏らす。もしかして俺達を騙そうとしてるのかと思って色々話してみたけど、本当に俺を知らないらしい。そして何より、千里の名前を知っているのが何よりの証拠だ。あの子は、本物だった。
 だってチサトは、俺達以外に本名を漏らしていないんだから。

「――秀樹?こんな玄関前で何やってんだ?」
「あ、かいちょー」

 すると、捜していた人物が漸く目の前に現れた。あーあ、しょーたろーもう少し待ってたら自分で返せたのに。どうやら本当に特別棟に居たらしいチサトこと尾上千里は、とことんタイミングの悪い男らしい。思わず笑みが零れる。
 さぁて、どうしようかな。


「これ、なーんだ」


 だってさ、何か面白くね?この二人。
 最近暇してたし、少しぐらい遊んだっていいよね?
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bkm