千里の道も一歩から | ナノ


3

 チサ先輩が此処を飛び出して一時間。うん、そろそろ日も落ちて来た。流石に俺も、これ以上此処に残る気にはなれない。

「けどなぁ……」

 先輩が置いていったカバンに視線を向け、思わず溜息を零す。どうすんだよコレ。だってカバンだぞ?流石にマズくね?中は覗いてないけど、もし貴重品がこの中に入ってたらどうするよ。俺、学校に居る間は基本財布は尻ポケットでなくカバンに入れてるから、もしかしたら先輩もそのタイプかもしれないじゃん。流石にそれを置き去りにするのはなぁ。あ、じゃあ何処かに隠しておこうか!とも思ったんだけど、先輩が気付いて取りに戻って来た時にカバン無かったらそれはそれで気の毒だしさ。連絡して知らせてあげたいけど、俺連絡先知らねぇし。

「仕方ねぇ」

 まあいいか。取り敢えず隠す方向で。
 先輩のカバンを持ち上げると結構重い。俺のスカスカなカバンと違って中身も教科書とかで詰まってそうなカバンだ。なんだ、真面目か。取り敢えず、此処の棚の一番下の段ボールの中とかに入れとくか。そう思い、その段ボールの中に先輩のカバンを入れた瞬間だった。
 そのカバンから、着信音が流れてきた。え、マジ。まさか携帯入ってんの?持ち歩いてないの!?流石の俺も携帯は持ち歩いてるぜ。んー、まあ失礼かもしれないけど、先輩ってあんま携帯とか弄らなさそう。電話もメールもしません、的なイメージ。

「あ、切れた」

 と、思ったらまた再度鳴り始める。それを二、三回繰り返していた。ええ、何よ。もしかしてこんなしつこく掛けてくるって事は急ぎの用とか?先輩、委員会に出るぐらいの人だもんな。マジかよ、今居ねぇんだよ。
 また携帯が切れて、すぐに鳴り始める。

「あー、もう……」

 俺は一度段ボールに入れたカバンを取り出すと、自分のカバンと先輩のカバンを引っ提げ、図書室を後にした。





 と言う事で先輩を捜すか。当てはないけど。だってねー、あんなに鳴る携帯初めて聞いたよ。俺にはアレをその場に捨て置くことは出来なかった。にしても、先輩何処に走ってったんだ?
 大体、何で飛び出したんだ?確か合宿の話をして、それで、なんだ。

(……ああ、そうだ。風紀委員長の話をしたんだ)

 そしたら、甲斐と一緒?と驚いていたな確か。でも、よく甲斐って名前だけで風紀委員長だって分かったな。もしかしたら違う人なのかもしれないのに。もしかして違う人を連想してるのか?いや、でも先輩はやっぱりちゃんと風紀委員長の甲斐先輩だと理解してそうだ。
 ん、まてよ?

(もしかしたら、甲斐先輩の所へ行ったのか?)

 あの流れからすると、それっぽくね?まあ他に当てもない訳だし、行ってみるか。えっと、甲斐先輩は、どこだ?取り敢えず風紀室にでも行ってみるか。そう思った俺は速足で特別棟に向った。そう言えば特別棟に行くのは初めてだな。だってあそこは風紀や生徒会しか使ってないから。ヤツらの為に分け与えられた場所みたいだから。だから俺がそこに近付くことはまずない。ない訳で、まさか入り口から既に入れて貰えないとは思ってもみなかったわ。

「何だこれ」

 どんな厳重な警備だよってくらい、二重扉に監視カメラ、そして恐らくカードキーがないと通れないようになっている。こりゃ人を立たせておく必要がない位に厳重だな。まさに特別棟。選ばれた者しか入れない訳だ。つか本当に先輩はこの中に入ったのだろうか。それ以前に俺この先進めなくね?
 一応鍵の前に立ってみる。カードキーを通して下さいと画面に出ているが、とてもじゃないけど俺のカードキーで通る気がしない。えー、どうしよう、此処は諦めて他に行こうか。そう思って後ろに一歩下がると、ボスッと背中に誰かが当たった。
 え、つか、人?今の今まで誰も居なかった筈なのに。驚いて後ろを振り返ると、人の良い笑みを浮かべた男が俺の後ろには立っていた。誰だこいつ。

「ねえ、何してんのキミ。さっきから扉の前でウロウロさー」
「いや、その、もしかしたら先輩が此処に入ったかもしれなくて、取り敢えず来てみたんですけど……」
「へえ、ふーん。まあ、どうでもいいけど」

 何こいつ。殴ってもいい?自分で聞いといてその言いぐさなんだよ。腹立つわ。先輩だと分かっても腹立つわ。

「それよりもそこに居られると邪魔ー。俺今人探してんだよねー。全然携帯繋がんないしホント何処居るんだか」
「へえ、ふーん」
「……何かムカつくんだけど」

 そっくりそのまま返してやるわザマぁみろ!
 計画通り、相手は腹が立ったようで口元を引き攣らせていたが、こんなチャラチャラしたヤツには用がない。そう思って今度こそ踵を返した。相手も相手でそんな俺を気にしないことにしたのか、何処かに電話をかけ始めた。ああ、マジで何処行こう。つか何処いるんだ?

「うっわ、また鳴ってらぁ」
「――!」

 よく鳴るなホント。思わず溜息混じりで呟くと、突然後ろから肩を掴まれた。結構痛ぇなオイ。つか今俺の肩を掴む相手なんか一人しかいないか。人の事を邪魔扱いした、先輩らしいチャラチャラした男は、俺の持つカバン、正確には先輩のカバンを凝視していた。
 音はまだ鳴っている。

「そのカバン、見せて」
「は?嫌です」
「いいから見せて」
「嫌ですって。これ先輩のだから勝手に見たら駄目なんだって」

 そう言って手を振り払うと、そいつはさっきの人の良い笑みが嘘の様に怖い顔で俺を睨んでいる。何だよコイツ、メンドくせぇな。

「お前、それ何処から盗んできた?ホントそーゆーのやめなよ気持ち悪いから」
「……はあ?」

 しかも挙句の果てに盗人呼ばわり?おいおいコイツ何なんだよ。ケンカ売ってんのか?俺からしたらそんな発想するお前の方が何十倍も気持ち悪いんだけど。先輩だからとか関係なく、ホントこいつムカつくわ。

「盗んでねぇよ。ただ置き忘れて飛び出して行っちゃったから、届けてあげようと思ってただけだっつーの。アンタこそ何なんだよ、人を盗人呼ばわりしやがって。胸糞悪ぃ」

 そう吐き捨てる様に言えば、何故か今度は間抜けな顔で俺を見ている。何だよこいつ相手すんの嫌なんだけど。

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bkm