千里の道も一歩から | ナノ


5

 もう俺は死にたい気持ちでいっぱいだ。

「ちょっとー、ちーちゃん仕事してよー」
「何ジメジメしてるんですか、貴方らしくもない」
「こんな会長初めて見るよねぇ。なんかキノコとか生えてきそー!」

 机に項垂れている俺に、他のメンバーが厳しい言葉を浴びせてくる。慰めもしない中々に冷たいやつらだな。そんな中、本庄環希だけが俺を気遣ってか、心配そうに俺の頭を撫でた。

「どーした千里。何かあったのか?」
「どうせまた写真を撮られたんでしょう?だからと言って環希とのツーショットを撮られるのは勘弁してほしいですけどね」
「それは俺だって気を付けてる。もし撮られても千里だけのせいじゃないよ」
「タマちゃん優しい!」
「まあこのフロアの警備は厳重にしたし、もう生徒会室を覗かれることはないでしょー」

 確かに、この前は転びそうになった環希を支えた瞬間を撮られて、結局翔太郎の目にまで触れることになった訳だけど、今回はそうじゃない。

「それで?どうした千里」
「……嫌われた」
「え?」

 ポツリと呟いた言葉に、皆の声が被った。

「誤解された挙句、嫌われた」
「え、ちょ、会長?」
「もう、死にたい……」
「えええぇぇ!?」

 そう漏らす俺に、皆が興奮したように自分の席から詰め寄って来た。

「え!?会長、嫌われたってどういう事!?」
「ちーちゃんもしかして好きな子居るの!?」
「まさか冗談ですよね?あの会長が一人の子にそんな……!」
「そう言えば最近放課後来ないもんねぇ、まさか逢いに行ってたとか?」
「あーもうお前ら煩い!!千里の話が聞こえないだろ!!」

 環希が詰め寄るメンバーを抑え、俺に話の続きを促してきた。こんなに食いつかれるとは思ってもみなかった俺は少し困惑する。まあでもそうか。俺が一人の子に夢中だなんて、俺の生活を知り尽くしたこいつ等からしたら寝耳に水だろう。

「逢いたい」
「え?」

 凄く、逢いたいんだ。逢いたくて堪らない。
 そう囁くように言った俺を、皆が驚いてみてる。そして環希が訳が分からないと言う顔をして言った。

「逢いに行けばいいじゃん」
「駄目だ……もう、これ以上嫌われたくない」
「はあ?」

 あの日の翔太郎の顔が忘れられない。走り去る後姿だけが鮮明に俺の中に焼き付いているんだ。あの時、翔太郎の口から俺が他の人が好きだと誤解されたのが凄く嫌だった。でもそれは俺の態度にも問題がある。ハッキリ言えない俺が悪い。だけど、俺が生徒会長だと言ったら、確実に翔太郎は俺を見てくれなくなる。それどころか、環希との噂が流れている以上、誤解は解けないと思うんだ。
 だから、俺は逢いに行けない。これ以上、翔太郎から拒絶されるのは怖いから。

「千里。それはダメだ」
「え?」

 すると、環希が真剣な顔で俺を見て言った。

「好きだ嫌いだと言われてるうちはいい。けど、今ここで逢うのをやめたら、もう興味さえ持ってもらえなくなるぞ」
「――!」
「無関心が一番キツイと、俺は思うけどな。どう?」

 問い掛けてくるその言葉に、俺はドクリと心臓が鳴ったのを感じた。そして考える、翔太郎に興味を持ってもらえなくなった瞬間を。その時の、絶望感を。

「嫌だ…」
「うん」
「嫌だ。折角、折角俺を見てくれるようになったのに…っ」

 またあの瞳に映らなくなるのだけは、嫌だ。
 そう思った俺は早かった。慌ただしく生徒会室を飛び出し、一目散に東棟へ走り出した。後ろで生徒会のメンバーの声がしたけど、それにも構わず走る。そして途中で報道部や親衛隊を撒くのも忘れず、俺は一人で東棟に辿り着いた。息切れが激しい、乱れる呼吸をそのままに階段を上がり、目指すは図書室。此処に来るのは久々な気がする。ほぼ毎回、翔太郎が当番の日は此処に来て、翔太郎と同じ空間で過ごしていた。
 それだけでも俺にとっては十分だった。そして話しかければ、以前の様に適当な返事ではなく、俺の方を見てちゃんと話を聞いてくれる。何より、俺に笑いかけてくれるようになった。これ以上ない幸せな毎日。でも、このままじゃ駄目だ。環希の言う通り、このまま行けば翔太郎の中では俺の存在が只の思い出になってしまう。ああ、そんな先輩居たな、位の存在。認識してもらえるだけで良かった前の俺だったら、それでも良かったのかもしれない。

(でももう、無理だ。逢って、話して、顔を見たらもう、湧き上がる気持ちはただ一つ)

 愛しさしか、湧かない。
 俺、大分参ってるな。一人の子にこんな振り回されるなんて。そんな自分に自嘲しながら、俺は図書室の前に立つ。流石にこんな息切らした姿じゃ恰好悪いよな。いつもは気にしない容姿も気になり、俺は扉の前で息を整える。
 だが神様とは酷く意地悪なもので、俺に余裕すら与えてくれない。目の前で開かれた扉に、そう思わずにはいられなかった。

「――先、輩?何してんスか、扉の前で」

 扉の前に立つ俺を見て、翔太郎が目を真ん丸くさせていた。その姿も可愛いなどとは、恥ずかしくてとても口には出来ないが。
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bkm