千里の道も一歩から | ナノ


3

 最初はただ、気になっただけだった。





 この学園は変だと彼は言った。俺は幼少期からこの学園で暮らしているから、高校から入って来た外部生の翔太郎の言葉は理解できなかった。でも翔太郎がそう言うならそうなんだろう。そして、翔太郎からしたら俺は十分変わっている人間に見えると思う。
 そう、彼の目が言っているから。

「ははっ」
「……何一人で笑ってるんスか」

 思わず零れた笑みは、目の前で静かに本を読む翔太郎からしたら気味の悪いものだったらしく、物凄く怪訝な顔をされた。けど俺はその反応さえも嬉しくて「何でもない」と我ながら締まりのない顔で答えた。それに翔太郎は不思議そうに首を傾げている。
 だって、仕方ないだろう?翔太郎の瞳が俺を映してくれているだけで、俺は天にも昇る気持ちになる。ずっとずっと焦がれてたんだ。その目に俺を映してくれる日を――。





「あっ、ん、センリ、様ぁ」

 ――何処から絞り出してくるんだ、そんな高い声。
 そんなどうでもいい事を熱に浮かされる頭の中で考えながら、俺はがむしゃらに腰を振る。相手ももう絶頂が近いのか、俺の背に手を回してしがみ付いてきた。ぴったりと肌につく他人の肌に一瞬眉を寄せるが、自分の限界も近いから少しの嫌悪感には目を瞑った。その後はもういつも通り。

「はぁ、はぁ、んっ、あの、センリ様、僕……」
「終わっただろ。さっさと出てって」
「っ、あの、でも僕!」
「これ以上はルール違反だ。除名されたくなきゃ、黙って俺の部屋から出て行くことだな」

 その言葉に、さっきまで俺の下で喘いでいた親衛隊のヤツが血相を変えて部屋を飛び出した。そんなに嫌なのか、除名ってのは。親衛隊を作られる側の俺には分からない。玄関の扉が閉まる音を確認すると共に、俺はシーツを持って脱衣所へ向かう。
 汚れたシーツを洗濯機に入れ、ボタンを押して回す。洗濯機が仕事をしてくれている間に、俺はシャワールームに入った。今はただ、身体を洗いたい。そう思って、頭から思い切りシャワーを浴びる。床に流れる水筋を呆然と見つめながら、俺は重い溜息をつく。

(疲れた……)

 純粋にその思いが俺を占める。事務作業の様にほぼ毎晩俺は誰かを抱く。そこに気持ちなど全くない。それでもいいからと俺の所に来る親衛隊のヤツらを俺は追い返すわけでもなく相手をしていた。俺自身、女でも男でもどちらでもいいと思ってる。ただこの行為は一時的な快楽を得るため。俺はそう考えてる。つまりはどうでもいい。他のやつらがどう来たって俺は追いもしないし追い返しもしない。
 でもあんまりにその考えが奔放過ぎて、一時混乱したことがある。同じ日に何人もやって来たのだ。人の部屋でギャーギャー喧嘩し始めたのを機に、俺はルールを作った。それが先程の様に俺の部屋に居座らないこと。行為が終わったらすぐに帰ること。これらを破れば即除名。俺を慕う者からすれば拷問に近いらしい。よく知らないが。
 そしてもう一つ、俺を名前で呼ばないこと。
 昔から自分の女みたいな名前があまり好きではなかった。勿論親しい人間から呼ばれるのは別に構わないが、そうでもない輩から呼ばれるのは昔から嫌いだった。だから俺は親衛隊の人達にはセンリと呼んでもらうことにした。前からその名前なら良かったのにと思っていたから。するとどうだろう。親衛隊の人達だけではなく周りさえも俺をセンリだと思うようになった。流石に教師達は間違えないだろうと思っていたが、書類等を見ていないのか、集会時に俺をオノエセンリと呼んだ。きっと振り仮名がふってない上に周りがセンリと呼ぶからそう勘違いしたのだろう。だが俺は敢えて訂正しなかった。名前がセンリで定着したのなら別にそれでもいいと思ったから。
 そう、つまりはどうでもいい。名前一つで俺の生活は変わらないから。


「あはは!ちーちゃんお盛んだねぇ」
「全く、ホント節操なしですね。何処かの誰かを見ているようですよ」
「ちょっと俺を見ないでよ!」
「……ちーちゃんはやめろ」


 そんな時、俺は初めてこの掲示板をまじまじ見た。
 そこにはドドンと大きな見出しで書かれた尾上千里の文字。俺が、親衛隊の子と資料室でセックスした時のことが鮮明に書かれていた。しかも写真付き。しかしぼやけている為俺かどうかも認識しづらい。まあ俺だけど。

「これはどっからどう見ても盗撮ですね」
「風紀に頼もうよ。警備強化してって」
「と言うか人目につくとこでやるから書かれるんでしょ」
「人のこと言えないだろお前は」

 自分の事を棚に上げる会計に突っ込みを入れながら、俺は様々な記事が書いてある掲示板を眺める。そこにあるのは殆ど自分たちのことだ。

「あー!これ!僕がプリン食べてる時の…!いつ撮られたんだろ、怖っ」
「私もですよ……これは少し報道部に警告すべきですね」

 自分の知らないところでプライベートの写真が撮られる。それは確かに気持ちのいいものじゃない。しかしこの学園の報道部は、ハッキリ言って情報に貪欲だ。皆を満足させる記事を上げるためにはあまり手段を選ばない。そしてその内容が俺達のことなら尚更皆の食い付きが違うのを熟知している。だから盗撮だなんてことを平気でやってのける。正直言って俺も後をつけられたりするから気分悪い。

「それにしても、毎度毎度同じような内容の記事を……ごくろうさまって感じ」
「ああ、そうだな」

 そう呟きながら俺はある一点に目を止めた。

(正門の噴水に落ちてるお金の金額……?)

 俺達の情報で溢れ返るその掲示板に置いては明らかに浮いている記事。それが俺の目についた。噴水の金額って何のことだ?少し興味に駆られその記事に近付いた時、副会長に腕を引かれた。

「さ、無駄話も此処までして、仕事しましょう」
「そだねー」
「行こう行こう」
「ああ……」

 掲示板を離れる皆の背を追い掛けようとするが、俺はさっきの記事の内容が気になって仕方なかった。また今度通りがかった時にでも見てみよう。そう思いながら、俺は渋々とその場を去った。
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bkm