「て言うかアレ!引き摺ってんの俺の身体じゃん!」

 確かに那智先輩からしたら一大事だ。何でかぐったりしているし。と言うか、あの那智先輩の中身はもしかして……。

「此処にいないのは、大地のガーディアンか」
「や、やっぱり大樹なんですね」

 大丈夫なのだろうか。意識がないようにも見える。心配になっていてもたってもいられず、俺は凪さんに駆け寄った。

「近寄るな」
「……!」

 だが凪さんは片手を前に突きだすと、雷の魔導で俺達を威嚇してきた。俺からすると、俺が物凄く魔導士らしく雷の魔導を使いこなしているように見えて何だか少し感動を覚える。けど、今はそれどころじゃない。頭を振って、俺は凪さんを見据えた。

「凪さん。俺です。宗介です」
「――!」
「それで、恐らくその那智先輩の中身は大樹です。那智先輩はこちらに居ます」
「凪、俺だよ俺!」

 晃先輩の姿をした俺が一つ一つ説明していくと、不意に魔導の発動が止まった。パッと凪さんを見ると、どうやら納得してくれたらしく、凪さんの方から近寄って来てくれた。そして俺の前に立つと、スッと俺の頬を撫でた。

「申し訳ありません。宗介くんに敵意を向けてしまうとは…」
「いえ。この状況なら仕方がないですよ。寧ろ謝るのは俺の方です」

 そう言って俺はこれが導具の影響であることを説明した。

「成る程、それで図書室に移動している最中だったと言う訳ですか」
「はい。あの、それでその…大樹は大丈夫なんですか?」

 チラリとぐったりしている大樹に目を向けると、凪さんがああ…と特に興味なさげに呟いた。

「起きたら宗介くんの姿になっていて、異変を確かめようと外へ出たら突然抱き付いてきたのでつい」

 大樹としてはきっと俺に抱き付いたと思っていただろうに、凪さんからしたら那智先輩に抱き付かれたと思ってついやってしまったと言うことらしい。でも凪さんによれば、後数分で目が覚めるらしい。それを聞いてホッとする俺の後ろで、那智先輩と尚親先輩が、コソコソと何かを話している。

「那智、よくやった。俺の姿で宗介の部屋に突入しなかった事だけは褒めてやる」
「て言うか、忘れてたんだよね。宗介の部屋が隣なの。あー、て言うか抱き付いてきたのが俺だったから吹っ飛ばしたって事だよねー?俺泣いていい?泣くとこだよねコレ」





「え、本当に宗介?」
「ああ。本当だ」

 数分後、ムクリと起き上がった大樹は、真っ先にまず自分の姿を目にし、驚愕していた。そして俺は警戒されない様、大樹に事の次第を説明した。起き抜けにはきつかったのか、暫く呆然としていた大樹だったが、どうやら徐々に思い出してきたようで、俺の姿をした凪さんをムッとした表情で睨んだ。

「すいませんでした。まさか入れ替わっているとは思わなくて」
「これっぽっちもすいませんとか思ってなさそうッスね。中身が誰だろうと、宗介に近寄って来た人は叩きのめすつもりだったんでしょ?」

 大樹の言葉に凪さんはニッコリ笑みを返すだけ。しかも俺の顔で笑うから、何だか俺としては変な気分だ。しかし大樹はそれを見てグッと息を呑むと、フンッとそっぽを向いて黙り込んだ。

「え、えっと…取り敢えず、行きましょうか」

 何となく気まずい雰囲気が流れ、俺は皆にそう声を掛けた。

「そだね。時間無くなるし、早く行こー」

 それにいち早く乗っかったのは那智先輩だった。その言葉に釣られる様に、皆止めていた足を図書室の方へと向けた。良かった、これ以上険悪にならなくて。一安心して俺も立ち上がり図書室の方へ足を向けようとしたのだが、慣れていない身体のせいか、思わずつんのめってしまった。
 あ、ヤバいと思って足を前に出そうとしたのだが、それよりも早く俺の横に居た晃先輩が俺の腕を掴む。が、先輩に掴まれた瞬間前に出そうと思っていた足を止めてしまった為に、俺の身体は重力に従って床へと落ちて行く。そして俺の腕を掴んだ先輩も最後まで手を離さなかったせいか、俺の力に引き摺られる様に俺の上に落ちた。まあ、早い話二人で縺れ込んで倒れた。
 ドタンッ!と大きな音を立てて倒れた為、前を歩いていた皆が驚いたように振り返った。しかし、みんな俺達を見て固まっていた。と言うか、ん?何でか凄い目の前に凪さんの顔がある。あれ、つかこの唇に当たる感覚――俺は慌てて顔を離して起き上がった。
 そして痛そうに顔を歪める晃先輩を見下ろす。あれ、て言うか、目の前に居るこの人、晃先輩だ。あれ、俺、晃先輩の身体に入ってた筈なのに。何で目の前に……。

「え、ちょっ、あれ、今、晃聖と凪がキス……ぐはっ!」

 そんな中那智先輩が恐る恐ると言った感じで俺達の状況を口にしようとした瞬間、凪さんに脇腹を蹴られ、その場に沈んだ。その様子に縮み上がる俺を余所に、凪さんは大股で俺に近寄って来ると、俺の胸倉を掴み上げた。グッと息が止まる。

「テメェ晃聖。何してくれてんだよ」
「うぐっ、ご、ごめんなさい。俺…!」
「――!宗介、くん?」

 パッと、凪さんが俺の胸倉を離した。思わず咽る俺を見て、慌てて俺の背を撫でてくれた。

「すいません宗介くんっ、怪我はないですか?他に苦しい所とかはありませんか?」
「だ、大丈夫、です、俺の方こそ、すいませんっ」
「何か俺の時とはえらい対応が違うんだけど…」
「それはもう気にしたら負けだよ」

 呼吸も落ち着き、俺は晃先輩へ視線を移した。思い切りぶつかったせいか、赤くなっている口元を押さえながら、晃先輩が立ちあがる。

「そこに凪が立っていると言うことは…俺は戻ったのか?」

 その言葉通り、姿が完全に一致した先輩がそこにはいた。

「でも、どうしていきなり…」
「考えられるとしたら、アレだよね」

 突然のことに首を傾げる俺達は、恐らくだが、この姿が戻る解決方法を見つけた。

「今のキス、だな」

 尚親先輩の言葉に、凪さんが思いっきり顔を顰める。まあ、俺と晃先輩がハプニングでしてしまったわけだが、姿は凪さんと晃先輩だったしな。二人にとっては微妙なのかもしれない。晃先輩も渋そうな顔をしている。

「いいじゃんこーせーは。宗介とチューしたんだし。いいなぁハプニング」
「姿が俺と凪でなければな」

 そう言って何処か不満げな晃先輩を余所に、那智先輩があ!と声を上げる。

「どうした那智」
「キスしたら入れ替わるって事はさ。今俺が凪にキスしたら、宗介の身体に入れるって事だよねー」
「――!」

 その言葉に、尚親先輩がニタリと笑った。

「那智ィ。お前もいいとこに気付くじゃねぇか」
「えへへーでしょー」

 ニヤニヤと悪い顔で笑う二人。俺から見たら大樹と尚親先輩がニタニタ笑っているだけに見えて余計に怖い。

「あ?ふざけてんのかオマエら」
「まっさかぁ。俺は至って本気だよ」
「テメェばっかズリィんだよ。俺にもその身体堪能させろ」

 凄む凪さんに怯むことなく近付く二人は、何故だか臨戦態勢だ。そんないつになく真剣な二人に凪さんは舌を打つと、その場から走り出した。

「逃がさないよ!」
「待て!」

 その背を追うように、二人もその場から駆け出す。残された俺と大樹と晃先輩は、事の成り行きを呆然と見ているだけ。と言うか、何故俺の身体に入りたがるんだろう。面白いことは何もないんだけどな。ぼんやりとそんな事を考えていると、大樹がハッとして声を上げた

「取り敢えず追わないと…!」
「それがいいだろうな」
「宗介の身体をアイツらにとられる訳にはいかないしね!」
「大樹…」
「それに、俺も出来たら入りた…い、いやいや!何でもない!」

 本当に友達思いだなと感動する俺を余所に、大樹は何故かあたふたと慌てだすと、すぐにその場を後にした。どうしたんだ大樹のヤツ、と言うか凄い速さだな。

「宗介は此処に居ろ」
「え、ですが…」
「すぐ凪を連れてくる。そうすればお前の身体がすぐに戻るだろ」

 確かにあれこれ移動するよりも、俺と凪さんが入れ替わればお互いの身体が戻る事になって色々楽だ。

「それではお願いします」
「ああ、待ってろ。すぐ戻る」

 そう言って微笑む晃先輩は、皆が消えて行った廊下の奥へ走って行った。俺はその背が見えなくなると、何処かに身を隠しておこうと近くの階段の隅に身をおいた。早く皆元に戻れればいいけど、でも、戻り方がキスって言うのはまた何とも言えない。
 それに、つまりは凪さんとキスをしないといけないと言うことになる。何だかそう考えるだけで胸がどきどきする。いや、色々あって凪さんとキスするのは初めてではないけど、何かな。取り敢えず落ち着かないと、そう思って大きく息を吸い込んだ瞬間、にゅっと伸びてきた手に、口を塞がれた。

「ムッ…!」
「静かに」

 慌てて身を離そうとした俺の耳に聞き慣れた声が届く。これは、俺の声?と言うことは、まさか――。

「取り敢えず、上手く撒けましたね」
「な、凪さん?どうして此処に…」

 皆と廊下の奥へ走って行ったとばかり思っていたのに。

「俺の能力をお忘れですか?」
「あ、成る程」

 つまり魔導で此処に戻って来たと言う訳か。一人納得する俺に、凪さんが笑う。

「全く、困ったものですねアイツらも」
「きっと色んな身体に入りたいんですね」
「いえ、そう言うことではないと思いますが…」

 まあ、いいでしょう。
 そう言って苦笑いする凪さんに、俺は首を傾げた。

「あ、そうだ。大樹と晃先輩に知らせないと…二人とも凪さんを探してますから」
「――」

 そう思って携帯を取り出して二人に電話をしようとした瞬間、その腕をとられ、俺は凪さんの方へ引き寄せられた。

「え、凪さ――」

 目の前に自分の顔がある。そう気付いた時には、もう俺と凪さんの唇はくっついていた。姿は俺と凪さん、なのに二人とも中身が違うのは何だか可笑しいな。

「んっ、む…」

 だが晃先輩の時とは違って、ただ触れるだけのキスではなかった。いつの間にか舌が、口内を好き勝手舐め回す。息が苦しい。酸素を求め、一回唇を離しても、すぐにまた吸い付いてくる。どうして今こんな、キスを……。
 短かったのか長かったのか、時間はよく分からない。けど、漸く唇が離れた時には、お互い息が上がっていた。俺は目の前の凪さんをぼんやり見つめる。ちゃんと、元に戻ったんだ。目の前に居るのは、確かに凪さんだ。

「な、ぎさん…」

 どうしてこんなキスを?
 俺の言葉にならない質問を感じ取ったのか、何処か照れくさそうな凪さんは、俺から視線を逸らして、そしてポツリと呟いた。

「貴方とキスする俺は――」
「…え?」
「いつも、あんな余裕のない顔をしているんですね」

 そう恥ずかしげに顔を伏せた凪さんの頭を、ジッと見つめた。長い髪の間から見える耳は、微かに赤くなっている。そして言われた意味を漸く理解して、俺は一緒になって顔を赤く染めるのだった。





 因みに数時間後、皆ちゃんと元の姿に戻ったみたいで良かった。
 そして那智先輩と尚親先輩が、凄く笑顔の凪さんに追いかけ回されるのは、また別のお話。


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