とりあえず、一旦落ち着いた俺達は状況を整理してみた。朝起きたら、俺は晃先輩、晃先輩は凪さん、那智先輩は尚親先輩になっていた。恐らく中身が入れ替わっているだけで、身体は本当にその人のものだと思う。そして中身が入れ替わる件について、晃先輩は心当たりがあるようだった。

「あくまで可能性のうちの一つと考えていたが、那智まで入れ替わっているのを見て確信した」
「え?」
「昨日の事を覚えているか?宗介が効果不明の導具を見せてくれた時の事だ」
「「……!!」」

 晃先輩の言葉に、俺と那智先輩は同時に顔を見合わせた。そう、俺は昨日授業で導具を作成した。しかし出来たのは用途不明、効果不明の不思議な導具で、先生にも分からないらしい。本来なら精製出来た導具は先生に見てもらい、害のない導具は自分たちで持ち帰っていいのだが、今回は実験失敗として処理され、俺はその不出来な導具を持ち帰った。たぶん先生も害はないとして俺に持ち帰っていいと言ったのだと思う。

「まさか、あれが?」
「ああ。昨日、偶々俺達が廊下で鉢合わせたあの時、丁度俺も那智も居た。そして日比谷も、凪も」
「後、大樹も俺の隣に居ました」

 そう、昨日は帰りが遅かった。蓮は用事があると言って先に帰り、大樹が一緒に残ってくれていた。そして帰り道、すっかり人気の居なくなった廊下で那智先輩と晃先輩に会った。何でも仕事の打ち合わせだとか。そしてその後ろから、尚親先輩と凪さんがやって来た。珍しい組み合わせだなぁと思っていると、どうやら今度あるイベントでの警備の話をしていたらしい。そうか、先輩風紀だもんな。そう思っていた時だった。突然、俺の持っていた導具が光り出した。
 それは目も開けていられないような強い光だったが、ホント数秒でその光は消え、何事かと導具を見たら粉々に砕け散っていた。あの光を発したせいなのか?でもその時には俺達の身体に異変はなかった。だからその場で別れたのだが……。

「すいません…俺のせいで…」
「いや。気にすることはない。恐らく宗介が精製したのは『インターチェンジ』の魔導だと思う」
「つまりは入れ替わりの魔導だね」

 入れ替わり。だから俺達は別の身体に入れ替わっているのか。

「何の魔導かが分かれば、その解き方も色々分かってくる。図書室で調べてみよう」
「そうだねー、あそこには大魔導全書があるし。何か分かるでしょ」

 二人の話を聞いて、やっぱり先輩達は凄いと感動した。俺一人じゃただ混乱するだけだったけど、もうこんなに話が進んだ。ホント、早く二人に会えて良かった。

「あーあ。でもどうせ入れ替わるなら宗介の身体が良かったなぁ」
「俺のですか?」
「うん。そしたら宗介の身体に色々いたず…ッあだ!!」

 那智先輩の頭に何かが突然ぶつかって来た。これは、何かの玉か?パチンコ玉みたい。先輩は痛そうに頭を摩り、後ろを見る。俺もそれにつられて視線を移すと、なんとそこには大樹が立っていた。でも、何だろう。物凄く不機嫌と言うか何と言うか、雰囲気がいつもと大分違う。大樹?と俺が声を掛けると、顔を顰めたまま何か考える様に首を傾げる。そして少しして、宗介か?と俺に投げ掛けて来た。そうだよ、昨日大樹もあの場にいたんだ。だから中身が違っていてもおかしくない。そして今の感じからすると恐らく中身は――。

「わー、もしかしなくても尚親ぁ?」
「その感じ…テメェ那智か。俺の身体返せ」
「や。俺に言われてもねぇ」

 やっぱり尚親先輩か。たぶん今の俺の姿が晃先輩だからあんなに顔を顰めたんだと思う。晃先輩も尚親先輩だと分かってからは少し不機嫌そうだ。那智先輩が、尚親先輩に事の成り行きを説明したのか、尚親先輩がふいに此方を見た。

「んでそっちの凪は、中身は白河のお坊ちゃんか?」
「……」
「その目。ぜってーアイツだ」

 黙り込んでしまった晃先輩を一瞥し、ハッと鼻で笑った尚親先輩は、そのまま視線を俺に寄越してきた。うーん、姿が大樹だから、何と言うか凄く複雑だ。

「よりによって何でそいつの中に入ってんだよ」
「何故でしょう…俺にも分かりません」
「チッ。どうせならお前の身体に入って色々教え込んでやりたかったぜ」
「ちょっとー、それさっき俺が思ってたことだから真似しないでよ」
「ああ?」
「あーあ、今からでも宗介の身体と変えられないかなぁ」

 教え込むって、何をだろう。あーだこーだ言い争いを始めた二人を余所に、晃先輩に今の意味を訊ねると、凄く言い辛そうな顔をして「宗介は気にしなくていい」と小さく呟いた。何か言い辛い内容なのだろうか。

「…あのバカ二人は放って、さっさと図書室に行こう」
「え、でも」

 いいから、そう言って晃先輩が俺の手を掴み歩き出した。
 だが、俺達の足はすぐに止まる事となる。前方から誰かがやって来た。ズリッ、と何かを引き摺る音をたてながら。まだこんな朝早いのに、俺達以外に一体誰が…そう思っていると、まだ薄暗い廊下の奥から、徐々にその姿が露わになっていく。そして完全にその姿が見えた瞬間、俺達は凍り付いた。
 そこに居たのは紛れもない自分。そして引き摺る音の正体は、ぐったりとした那智先輩だった。俺が那智先輩を引き摺ると言うあり得ない光景に言葉を失っていたが、先輩たちが廊下の奥から此方に向かってくる俺を睨みながら言った。

「あの圧倒的な威圧感…」
「全てを凍てつかせる眼光…」
「そして漂わせるラスボス感…」

「「「間違いない。凪だ」」」

 三人が口を揃えた。俺の中にはどうやら凪さんがいるようです。

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