「全くアホだよねぇあの二人。自分達がどんだけ目立つのかすっかり忘れてるしー」
「あの、先輩?何処へ行くんですか?」
「んー?俺と一緒にあれやろーよ」

 そう言って先輩が向かった先は、UFOキャッチャーと言われるゲーム機のところだった。ぬいぐるみやフィギュアが並んでいる中、先輩は「これにしよう」とでかいドラゴンのぬいぐるみの前に立った。なぜそのチョイス。可愛いけども。

「此処にお金いれて?」
「はい」

 先輩に促されてお金を入れる。すると、先輩はそのまま俺の背中に回り込み、すっぽりと俺を包み込むように抱き締めた。突然のことにびっくりして、押そうとしたボタンが押せなかった。

「ほら、集中しないと落ちちゃうよ?」
「で、でも」
「しょうがないなぁ。俺も一緒にやる」

 耳元でそう囁く先輩。一緒にやると言う宣言通り、俺の手に自分の手を重ねて、一緒にボタンを押す。ぴったりと密着したこの状態で、更に先輩の温かい手が重なってて、何だか凄く落ち着かない。そんな俺を見て楽しんでいるのか、那智先輩が耳元で笑う。耳にかかった息に、思わず身体が跳ねる。

「可愛いなぁ宗…ッいで!」
「――!」

 突然先輩が頭を押さえて蹲る。その瞬間先輩の手も俺の手もボタンから離れて、折角良い位置にまで持ってきたクレーンが空を切った。何なんだ一体。

「あれー先輩。この間俺に勝つのは早いとか何とか豪語してなかったっけ?まあそんだけデレデレ変態の様に宗介にくっ付いてたら後ろから飛んでくるモノの気配にも気付きませんよね。これは失礼しました。先輩の事高く評価し過ぎてました」

 人の悪い笑みを浮かべながら何やら丸い円盤を持つ大樹が、俺と那智先輩の傍までやって来た。何だろう、今まで大樹がこんな風に人を見下す態勢をとっているのを俺は見たことがない。

「だ、大樹?」
「宗介大丈夫?前みたいに具合悪くなったんじゃないかって心配したよ」

 俺が声を掛けると、先程の表情が嘘のように大樹が凄く心配そうな顔で俺を見る。そう言えば前も頭痛くなったな。その時も、こうして大樹が心配してくれたんだ。やっぱり優しいな大樹。

「ああ。晃先輩が治してくれたし、大丈夫」
「……そっか」

 そう言って心配ないと俺が笑うと、今度は大樹が少し浮かない顔をする。どうしたんだろう。少し心配になって大樹に手を伸ばそうとした瞬間、それを遮る様に蹲っていた先輩が勢いよく立ち上がった。

「こんのクソガキ…」
「勝負なら受けて立ちますよ」

 何故か二人の背後に炎が見えるのは俺の気のせいだろうか。そして睨み合った二人が向かった先はエアホッケー。ああ、あの丸い円盤はエアホッケーのだったのか。え、もしかしてあれを先輩に投げたのか?それは痛い。

「負けても泣かないでよー」
「誰が!」

 熱くなった二人を止められる筈もなく、超高速エアホッケーが始まった。カンカンカン!と楽しむ余裕すらなく円盤を飛ばす二人の周りには、そのあまりに高度な試合からかギャラリーが出来始めていた。
 那智先輩、先輩も十分目立ってます。
 その騒がしさに何事かとやって来た蓮と一緒に、思わず大きく溜息を吐いた。





「それで?こんな遅くまで遊んでいたと?」
「す、すいません」
「ごめんなさい…」

 ゲームセンターの前で、俺達は何故か黒塗りの車で登場した凪さんに頭を下げていた。いや、実際下げてるの俺と蓮だけだけど。

「外出の許可は六時まで。今何時か分かりますか?」
「えっと、六時です」
「もう間に合いませんね。どうするつもりですか?」

 凪さん、笑っているけど凄く怖い。けど悪いのは俺達だ。時間護らなかったんだし。きっと、門が開いている時間には間に合わない。

「全く、迎えにこさせられる身にもなって下さい」
「え?」
「学園長が宗介くんの帰りが遅いと心配していました」

 剛さんが…?凪さんは、それで態々来てくれたのか。ああ、こんなに迷惑かけるなんて。もっと時間よく見とくべきだった。

「とか言って、心配で堪らなかったのは凪でしょー?全く照れ屋さんだなぁ」
「ハッ。余裕のねぇヤツ」
「…まあ、お前らが騒がなければもう少し早く帰れたんだけどな」
「はあ?会長さんこそ、最後まで勝負は諦めないとか言って太鼓叩きまくってただろ」

 そう、結局四人でまた睨み合って色んなゲームで競い始めたんだ。そして白熱した結果時間が過ぎていた。そう言う訳だ。ギャアギャアと言い争いをまた始めた四人。慌てて止めようとした俺の腕を誰かが掴んで、そして引っ張った。「うわっ」と声を上げたのは俺だけではなく、蓮も同じように驚いた声を上げていた。そしてドサリと尻もちをついた場所は、車のシート。隣には同じように目を丸くする蓮。あれ、俺達車の中にいる?
 そしていまいち状況の把握が出来ていない俺達の前に、凪さんが乗り込んで来た。外ではまだ先輩達と大樹が言い争いを続けている。ミラー越しに、凪さんと目が合った。凄く良い笑顔で「馬鹿は放って、行きますよ」と俺達に声を掛けた。あ、本当に発車しちゃった。

「え。ちょっ、凪!?」
「な、テメェ凪!待ちやがれ!」
「……はぁ」
「何で俺まで!」

 後ろで車が出たことに気付いた四人が、慌てて走って追い掛けてくる。しかしこう言う時に限って信号がちっとも赤にならない。しかし凄いのは皆車のスピードについてこれていることだ。でも体力には勿論限界がある。少しずつ広まっていく差。そんな中、凪さんが少しだけスピードを落として窓の外に顔を出して、後ろの四人に声を掛けた。

「オマエらは門限とか気にしてねぇんだろ。だったらそのまんま野宿でも何でもしてろ」

 最後に一度鼻で笑うと、凪さんは窓を閉め、再びスピードを上げた。大丈夫なのか、あんなこと言って。そう思って後ろを見ると、四人が先程よりスピードを上げて車を追っていた。差はどんどんひらいていくけど。

「まあ、あの調子なら六時半位には着くでしょう」
「わざと煽ったんですか?」
「ホント、からかい甲斐のあるやつらですよ」

 でも、違反は違反です。そう凪さんは言うけど、本当はちゃんと四人の事も考えているのが分かった。確か完全閉門は七時。それまでにつけば、学園内には入れるから。ただ歩いていくだけじゃ絶対間に合わないけど、凪さんの言う通り、あのペースなら間に合うだろう。

「優しいですね」
「俺が?まさか」

 そう言って謙遜する凪さんを見て、俺と蓮は思わず顔を見合わせて笑った。





 そして四人が学園に着いたのは六時半過ぎ。
 一足先についた俺達は、ボロボロになった四人を出迎えた。息も絶え絶えで辛そうだけど、俺は申し訳ない事に凄く楽しい気持ちを抑えられない。今日一日、疲れもしたけど本当に楽しかった。


「今日は楽しかったです。ありがとうございました」


 またこんな風に、皆で遊びたい。今度は凪さんや剛さんも一緒に。


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