蓮様より頂いたリクエストです。
ぬるい裏要素が入るのでご注意を。





 やってしまった。
 自分の失態に思わず頭を抱えたくなる。

「宗介、大丈夫?何か欲しいものとか…」
「大丈夫だよ大樹。そんな酷い怪我でもないし」
「骨折って大分酷い怪我だと思うけど…」

 蓮の言葉に俺はうっと言葉を詰まらすしかなかった。そう、俺は今日実技の授業でヘマをやらかし、そして見事に足の骨を折ってしまった。ちょっと倒れそうだった相手の子を支えようとしたのだが、たまたま足元に石があって、バランスを崩しその子ごと倒れた結果……ボキッといってしまったのだ。まあ色々タイミングが悪かった。その子の全体重が俺の足だけに掛かったからな。それがなければ捻挫で済んだかもしれないが、取り敢えず相手の子が無事だったし、その点に関しては良かった。

「けど、今日に限って保険医の先生はいないし、会長もいないんだよね」
「ホント、宗介が大変な時にアイツ…」
「大丈夫だって。それより二人とも、もう午後の授業始まるぞ?」

 うげっ!と時計を見た二人は慌てて、また来ると言って俺の部屋を出て行った。二人が出て行った扉から目線を外し、俺は天井を仰ぎ見た。さっきも言ったように、これは俺にとっては大失態なんだ。思わずため息をついてしまう。だって、だって今日は――。
 その時、傍で携帯が鳴った。俺は急いでそれに手を伸ばし、恐る恐る耳に当てる。

「も、もしもし…」
《もしもし。宗介くん?今大丈夫ですか?》
「はい。大丈夫です」

 耳に届く最愛の人の声。沈み切った気分が、少し浮上したのが分かる。俺って本当に現金だな。

《すいません、もう昼休み終わりますよね》
「あ、大丈夫です。俺今部屋に……」
《部屋?》

 凪さんの不思議そうな声にハッとする。だ、だめだ。凪さんにだけは本当のことを言えない。だって、今日だったんだ。凪さんとまた会えるはずの日が。それなのにこんな怪我して……きっと残念に思わせちゃうし、心配もかけてしまう。優しい凪さんだから、きっと心を痛めてしまう。そんなのはダメだ。今日は会えないから、何とか日にちをずらしてもらえるように頼んでみよう。
 俺はすんでの所で言葉を切り、何とか誤魔化そうと慌てて他の言葉を口にした。

「へ、部屋に忘れ物を取りに来ていて…少し遅れると、もう先生には伝えてあるんですよ」
《忘れ物…ですか。珍しいですね。宗介くんが忘れ物なんて》
「そ、そうですか?ちょっと今日寝坊しちゃったんで、そのせいかもしれないです」
《寝坊?それも珍しいですね》

 そんな事ないですよ…としか言えなかった。確かに忘れ物も寝坊も普段しない俺が一度にそれを起こすなんて、凪さんからしたら疑問にしか思わないだろう。事実、疑義の念を抱くかのような声が俺の耳に届く。

《宗介くん…俺になにか隠してます?》
「――ッ」

 グッと息を呑み、俺は胸を押さえつける。落ち着け俺。あまり動揺すれば、電話越しとは言え、凪さんには悟られる事だろう。落ち着いて、冷静に話せ。

「隠すだなんて…本当に何もないですよ?」
《……》

 此処に来て俺は少し嘘をつくのが上手くなった気がする。それが凪さん相手に通用するかはさておき、凪さんからの返答が何故かない。上手く言い切った筈だ。

《そうですか。それは失礼しました》

 すると、漸く凪さんから返事が来た。思わずホッと息を吐く。

「あ、あの凪さ……」
《――それと申し訳ないのですが、今日は帰れそうにありません》
「え?」
《それで連絡させて頂きました。また、明日以降に連絡を入れますので》

 あ、はい…と間抜けな返事しか返せなかった。凪さんはそのまま「ではまた」とだけ言って電話を切ってしまう。ツーツーと無機質な音を聞きながら、思わず呆然としてしまう。

「いや、でも。元々俺が断りの電話入れる筈だったし、手間省けたじゃん。ははっ」

 思い切り大きな声で独り言を言ってみる。けど、何だろう。何か凄い、虚しい。

「凪さん、元々忙しい人なんだし…俺ばっかに構ってらんないだろ…」

 凄い人だから、たぶん一番この学園内で忙しい。だから俺なんかに構ってる場合じゃない、よな。でも、馬鹿だな俺。自分で言おうと思ってた言葉なのに。言われて寂しいとか思ってる自分がいる。なんて浅ましいヤツなんだ。でも――。


「会いたい」


 心配かけたくない一方で、そう思ってしまうんだ。どこまでも我儘だな。思わず自嘲してしまう。





 夜が更けた。大樹と蓮がお見舞いに来て、色々な話をたくさんした。二人のお蔭で沈んだ気持ちも少しは忘れられたけど、二人が帰ったらまた襲ってきた寂しさ。ゴロンと寝転がるベッドの上で、俺はまた呟いた。

「会いたいな…凪さん…」
「――なら、何故言わないんですか?」

 ポツリと呟いた独り言に、返事が来て思わず間抜けな声を出す。

「え?」

 その声は窓の方からした。しかも、とても聞き慣れた声。ゆっくりと、声のした方に顔を向ける。さっきまで閉まっていた窓が開いていて、カーテンが揺れている。そして窓の縁に手を掛け、部屋にあがって来たのは間違いない。凪さんだ。

「な、んで…」
「もう学園には帰ってきていたので」

 驚きのあまり混乱する俺を余所に、凪さんはそのまま俺の傍までやって来た。けれどその顔に笑みはなく、どちらかと言うと怒っているように感じられた。俺を見下ろしている翡翠の目も、いつもより倍鋭い眼光を放っていた。

「えっと…」
「…その足はなんですか」

 あっと思ってももう遅い。今更布団で隠したって無駄だ。布団からむき出しの足を、凪さんがジッと見ているのだから。ここまでバレてしまっては仕方がない。此処は昼間嘘をついたことを素直に謝るべきだ。

「あの、凪さ…」
「俺は宗介くんが大好きですよ」
「ッ、え…?」

 そう思って凪さんに話しかけた瞬間、俺の言葉に凪さんが言葉を被せて来た。しかし俺は耳を疑うと言うか、一気に顔面に熱が集まると言うか、とにかく耳も頭も可笑しくしたんじゃないかと疑いたくなるような言葉が聞こえた気がした。目に見えて狼狽える俺を畳みかける様に、凪さんはどんどん俺に言葉を放つ。

「貴方以外愛せないし、貴方だけをずっと想ってます」
「え、あの…」
「だから今日みたいに…いや、今日だけじゃない。いつもいつも遠慮して自分の気持ちを抑えている貴方を見ているとイライラします」
「――ッ」
「……大方俺が忙しいからとか思っているんでしょうけど、残念な事に俺は貴方に会う時間を作れない程ノロマではありませんよ」

 イライラすると言われて押し黙った俺は、思わず顔を俯かせる。しかし凪さんがそれを許さず、やんわりと頬を包まれ、彼と再び目が合った。けれどその目にさっきのような鋭さはなかった。

「俺だって貴方に会いたくて堪らないんです。頑張って早めに任務を終わらすのだって、全てその為です」
「凪さん…」
「けれど、別に終わってなくたって貴方に会いたいと言われれば飛んでいきますし、その身に何かあれば全てを捨てて貴方の元に参ります」
「そ、それは…っ」

 流石にそれはマズい。番人が任務を放り出して行くのはだめだ。しかし、トンッと凪さんの人差し指が俺の唇に当てられた為、それ以上言葉にすることは出来なかった。

「それぐらい、宗介くんしか見ていないんです。俺は」

 そう言ってニッコリ笑いかけられれば、俺はただ顔を赤くするしかない。

「だから、今回みたいに真っ先に話してくれないのはかなり堪えます」
「す、すいません…」
「俺に心配を掛けたくないと思っての事だとは分かってますが、やはりムカつきますね」
「あ…本当に、ごめんなさ――」

 凪さんに嫌われたら俺は……そう思って、口にするはずだった謝罪の言葉は、凪さんの唇によって遮られた。チュッとくっつけるだけの軽いキス。少し離れた凪さんがフッと笑った。

「謝罪はいりません。今のでチャラです」
「……ッ!」
「けど今度遠慮したら、その身をもって分からせてあげますよ」

 もう二度と、俺に遠慮なんかしたくなくなるほどにね。
 そう耳に囁きかけながら、凪さんが俺を抱き締める。ああ、駄目だ。もうこれ以上は。ただでさえ慣れない彼からの愛の言葉にキャパオーバーなのに。

「でもこの足、本当にどうした……宗介くん?」
「な、凪さん、ちょっとすいません…俺から離れて、下さい…」
「何故です?」
「そ、それは、そのっ」

 俺の顔が真っ赤なのは今更隠しようがないとしても、これだけは絶対に凪さんに見られてはいけない。だって、これじゃあ俺ただの変態だろ。凪さんにキスされて、抱き締められただけで、その――勃ってしまったなんて。しかもそれだけじゃなく、もっと触って欲しいなどと思っていることなど、絶対に知られてはいけない。
 俺は凪さんに悟られない様、静かに静かに毛布を掛け直そうと手を伸ばす。だが、流石に凪さんの目は誤魔化せない様で、少し動いた毛布に、フッと視線を落とした。あっ、と思わず俺は声を上げてしまう。凪さんが俺の下半身の異変に気付いたようで、ジッとそこを見ていた。

「あ、う、その…これは…」
「ハハッ。さすが、若いですね」

 しかし慌てる俺に対し、凪さんは小さく笑っただけ。そして何故か、俺から離れる。

「え…?」
「どうしたんです?俺に離れて欲しかったんでしょう?」

 それは確かにそうだ。俺が言ったんだ。離れてと。しかし、こうもあっさり離れるとは予想してなかった。いや、そうじゃない。厳密に言うと離れては欲しくなかった。けど、俺が勝手に凪さんに発情しているだけなのにそれに付き合わせるのは気が引けるし――。

「では俺は外に出てますので、終わったら電話してください」
「え!?」

 そう言って凪さんが扉の方へ歩いて行ってしまう。思わずその背に手を伸ばした。そして、フと思う。気が引ける――そう考えている時点で、俺はもう凪さんに対して遠慮している。今話したばかりなのに、遠慮しないと。
 こんな事、頼む様なことではない。ましてやこれは遠慮した方がいいのかもしれない。けど、どうしよう。もう身体中が熱い。

「凪、さん」
「何ですか?」

 俺の小さな呼び掛けに、扉に手を掛けた凪さんがピタリと止まって振り返って来た。そしてその顔に、ニコリと笑みを湛えていた。少し意地悪そうな笑顔とも言う。それで理解した。凪さん、俺が呼び止めるって分かってたんだ。何だか悔しい。けど、それ以上に俺は求めてる。

「お願いです…」
「何でしょう」
「触って、下さい」

 凪さんに、触って欲しいんです。
 凄く恥ずかしいことを口にしている。けど、身体が熱くて、疼いて仕方がないんだ。遠慮しなくていいなら、もう遠慮しない。

「凪さんに、触って欲しい…です」

 いつの間に傍に来ていたのだろう。そう口にした瞬間、俺の目の前には熱っぽい瞳で俺を見つめる凪さんが居た。俺の赤く染まった頬を、凪さんが優しく撫でる。小さく「ちゃんと言えるじゃねぇか」と呟く声が聞こえた。


「仰せの通りに。俺の主様」


 低く、耳元に囁されたその言葉に思わず身震いした。


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