桜様より頂いたリクエストです。
※第三者視点。話は中学から始まります。





 噂には聞いていた、此処冥無の番人の証である腕輪をした少年が俺達と共に入学すると。
 そいつは番人に選ばれている上に冥無から誘いを受けているらしく、入試はパスできる筈なのに、何故かそれを断って一般入試で入って来た変わり者だ。ああ、冥無にも一般入試はある。その代わり魔力を持つ人に限るが。そして俺がその話を聞いたのは、入学式でそいつが代表として舞台で話している時だった。思わず口あんぐり。
 あそこで話してると言う事は、入試一位はアイツ。この頃はまだ冥無にも女子は居たし、皆小さくキャーキャー黄色い声を上げるのが聞こえた。その年で勝ち組かよ。確かに綺麗な顔してるけどさ。しかも金髪翡翠の瞳。髪の色は属性の力に関係して表れる人も居るとは言われてるけど、アイツの場合は見た通り、雷の属性だそうな。だからヤツはこうも呼ばれるらしい。
 ――最強の魔導士、『雷霆』とね。





 そんな男と同じSクラスになった皆は勿論浮かれた。そりゃ最強の魔導士とお友達になれたら凄い自慢できるしな。自分たちも相当凄いのに。
 けど、雷霆――基、黒岩凪は周りなど一切眼中にないのか、基本教室に居る時は本や、俺達が見ても何も見えない(魔導で周りからは見えない細工がしてある)極秘ファイルなどばかりに目を落としている。それか黒服の大人に呼ばれすぐ居なくなってしまう為、誰も凪が同世代の人と話しているのを見たことがないと言う。俺もないし。そんな凪に憧れる生徒もいれば、すかしてると憤慨する生徒も多からずいる。そして凪に報復しようと企てる下種な輩も居た。まあ結果は言うまでもなく返り討ち。それも魔導の力なしで。周りに対してそんな態度なのに、アイツの周りから人が消えないのは何でだろうな。カリスマとか言えば済む話でもないだろうに。そんな不思議な魅力を持つヤツではあった。
 正に生きる伝説の様なヤツだが、俺は最初の一年、アイツと話すことはなかった。だが二年になろうと言う時期、一度だけ凪が笑っているのを目撃した。志筑成実と一緒に。コソコソと裏に行くから志筑と一緒につけて覗いたらこれだ。思わず頬を抓るが夢ではないようだ。その相手は何と河内先生。その人と楽し気に笑顔で話していた。

「おい、マジかよアレ。ホントに雷霆か?」
「あんな目立つやつ他に居ないでしょ。にしても、笑ってる姿初めて見た」

 しかも人と話すのもレアだ。黒服の大人達とは仕事関連の会話を淡々としているだけだし、あんな子供みたいに笑うことなんてあるんだなぁ、なんてその時は軽く考えてた。『宗介』とかよく分からない名前も出てるし、俺達がこれ以上聞いてても仕方ない。

「まあ今のは見なかったことにして、いこーぜ」
「は?俺としては今のを大公表して皆に知らせたいところだけどな!」
「成実ってイヤに黒岩に突っかかるよね」

 まあ成実なりに、一人で行動して色々背負う彼を心配しての行動なのは分かっているが、何しろ分かり辛い。アイツにもそれが分かっているのか、最初無視ばかりしてたけど、最近は視線を少しだけくれるようになった。凄い進歩だと思うぜ。
 そして二年になってそう経たないある日のこと。ああ、とうとう成実の努力が報われた日とも言えるな。その日は三人一組で導具の効力を発動させようと言う授業で、何とそのチームのくじ引きで偶然にも俺達三人が一緒のチームになった。目を見開かせ凪を指差す成実を、凪は少しだけイヤそうに見ていた。俺はそんな表情の変化を見て一人心の中でおおーと成実に拍手を送っていた。お前位だよ、コイツの表情をこんなに変えられるクラスメイトは。

「それじゃ、やろっか。まずはこの導具か。これはー……」
「おい何睨んでんだよ」
「……」
「無視すんな!お前だよお前!今俺の事見てただろーが」
「……」
「はいシカトー。あーもう、ホントむかつく野郎だな、いっぺんマジで締め――」
「成実こそ俺の話無視してんじゃねぇよ。ペラペラ二人で話してんじゃねぇぞ。授業進まねぇだろ」
「はい、すんません」
「チッ」

 まあ凪は話してなかったけど此処は平等に。突っかかられる態度をとる凪も悪いしね。そして三人で授業を再開した訳だけど、結果から言うとその日から凪は一言二言俺達と話してくれるようになった。授業中なんかもっと話した気がする。俺なんかホント導具が分からないから沢山質問しまくった。流石は黒岩家と言ったところか、凪の知識は中二とは思えない位のレベルだった。俺は成実と違って凪に突っかかったことはないから、凪からの認識はいつも煩い男の傍に居る男と言う微妙な立ち位置だった。まあ認識しててもらえたからよしとするか。
 そんな俺達を羨む者は結構いた。どうやって仲良くなったとか、俺達が凪に話しかけてるのを見て聞いてきたりしたけど、例えそれを言ったとしても、俺達と同じような方法で凪に心を開いてもらうのは無理だと思う。だってアレは、凪にどんな態度を取られてもめげなかった成実の努力の結果だもん(俺は何もしてないけど)。それに凪には分かるみたいなんだ。魔導の力でも何でもない、ただ相手の顔色とかでなのかもしれないけど、自分に媚びを売る人達の見分け方を、もう既に知っていたのだ。俺は漸くこの歳になって身に付いてきたと言うのに。だからいくら凪にすり寄っても、凪は絶対靡かない。それが男相手だろうと女相手だろうとだ。
 だから俺は話すようになって、凪の傍に居れるようになってからも凪の事をよく分からないままで居た。それは成実も一緒だった。近くに行けば行くほど、凪の存在を遠く感じた。そう、俺も何ら変わらなかったんだ。周りのやつらと、何にも。凪はそう言うヤツなんだって、笑っていた凪を見たにも関わらず俺達とは違うと線引きしてしまっていたんだ。無意識の内に。でも、それは間違いなんだって気付かされた。
 あの日の、凪を見るまでは。





「――ざけんなッ!!」

 それは、突然の事だった。
 凪の姿が見えないから成実と二人で捜しに行き、校舎裏まで来た時に響いた怒号。

「今のって……」
「黒岩か?」

 声は確かに凪なのだが、俺と成実は信じられない気持ちを抱えながら裏に直行した。だって、あの凪が怒鳴るとか、感情的になっていることがそもそも想像できない。でも俺達が目の当たりにしたのは、河内先生を殴り飛ばし、胸倉を掴み上げている凪の姿だった。
 思わず二人で飛び出して凪の腕にしがみ付く。成実も後ろから羽交い絞めにしているのだが、それでも少し先生から離すので精一杯だった。くそっ、何つー馬鹿力だ。しかも俺達が見えていないのか、尚も河内先生に食って掛かる凪は息を荒げ、河内先生に罵声を浴びせていた。しかし先生は逃げる訳でも掴み返す訳でもなく、ジッと唇を噛んでその場に立って居た。そして小さく、本当に掠れんばかりの声で「すまない」と謝った。何に対しての謝罪なのか、俺や成実には分からなかった。しかし、凪はその言葉を聞いた瞬間、ダランと振りかぶっていた腕を下げた。全身の力も、心なしか抜けている。不思議に思った俺が、そろりと凪の様子を窺う。そして俺は、その表情を見て驚きで言葉を失った。
 凪は、呆然とただ、光を失った眼で先生を見つめていたんだ。


「謝るな……俺に謝ったって、意味ねぇだろ」
「すまない、すまない…」
「俺じゃ、だめなんだ……どうやったって、血縁者には勝てない……」
「……凪」
「アンタでないと、駄目なのに、なんでッ」
「っ……」
「何でアイツを――」







「雨宮」
「ん?なに」

 屋上で寝転がりながら一人空を仰いでいると、その視界に綺麗な金が入って来た。

「こんな所でサボってると成績落ちるぞ」
「はは、まあもう高三だし。それに俺、もう魔導の力は使わないだろうし」

 だって美容師になるから。
 そう言ってカラカラと笑うと、凪が呆れた様に息を吐いた。そしてそのまま、寝そべる俺の横に腰を下ろした。この場を去らないとなると、このパターン、もしかして俺心配されてるのかな。これだけ長く一緒に居ると、基本表情を表に出さず過ごす凪がどう言う気持ちかも分かるようになった。

「教師の連中も色々言ってる。Sクラスから落ちこぼれが出たってな」
「落ちこぼれとは酷いな。俺の実家、元々美容室だし。いずれは俺が継がないと。折角冥無に入れてくれた親には悪いけどね」
「……」
「凪にも迷惑かけて悪い。色々言われるでしょ。俺とつるむなって。成実も言われてるみたいだし」

 凪と成実は冥無に残る選択をとった。凪は番人だから仕方ないにしても、成実が教師の道に進んだのは意外だったな。子供が好きそうには思えないのに。

「別に、そうでもねぇよ」
「え?」
「俺の選ぶことに一々文句言われる筋合いはない。俺の勝手にしてるだけだ」
「……」
「それに自分の生きる道だ。曲げる必要はないだろ」
「……そっか」

 その言葉が嬉しくて、思わずニヤける。凪は気付いてないんだろうな。今の言葉は最大限のデレだって。それってつまり、好きで一緒に居てくれてるってことだろ。凪からそんな風に言って貰えるのは中々にレアだから何か照れる。

「でもさ、凪とこうして中学高校と一緒につるむことになるなんて、当時の俺からしたら驚きだろうな」
「は?」
「いやいや。出会った当初は遠く離れた存在だと思ってたから」

 今でも凄いヤツだって言うのは変わらない。でも、あの頃に比べて凪を見る目が大分変った。たぶん、そう。あの日を境に。

「俺は、自分を強いと思っていた」
「……うん」

 実際強かったよ。けど、それはきっと凪の言う強さじゃない。

「だが、力だけじゃどうしようもない事もある。"無力な子供"は、それを思い知らされた」
「……」
「――俺は、もっと強くなる」
「そうだね。俺も、強くなりたい」

 そう頷くと、凪はフンと鼻で笑って、俺と同じように空を仰いだ。
 あの日、凪が先生と争っているのを見てから、俺は凪を勘違いしていたことに気付いた。凪は強いから、悩みがないとまでは言わないけど、俺達の様に苦悩するほどの事を抱え込んでいるとは思ってなかったんだ。例えあったとしても、それを跳ね除けるだけの力がある人間だと思い込んでいた。根本的に、俺とは違う『人間』だって思ってたんだ。でも、あの時確かに悲しみ怒り叫んでいたのは、紛れもないあの凪だったから。見てるこっちが痛くなる位悲痛な顔をした凪は、俺達と何ら変わりない、同じ『人間』だって気付けたんだ。
 きっと凪は分かってるんだろう。俺の見る目が変わっていることに。それがいつ変わったのかも、ムカつく位早い段階で悟っていたと思う。敢えて口に出さない辺りが凪らしいけど。

「成実も、きっと同じ気持ちだよ」
「……知らねぇ」

 凪には言わないでおくけど、たぶん成実が此処に残る原因は凪だよ。俺と同じ思いだったのかは知らないけど、成実にも思うところがあったんだろうね。凪を置いてこの学園は去れないって思ったのかも。勿論、俺も心配ではあるけど。
 強く凛とした凪は、オマエらに心配される程柔じゃないとか言いそうだけど、俺から見ても今のお前は脆く見える。何がとは言えない。ただあの日から、凪の中で何かが抜けているのは感じている。でも、それと同時に凪は高校生活の殆どを番人の役目や実家の仕事で潰していた。番人が故に出席は免除、成績が決まるテストでは必ず一位をとる凪が此処まで仕事に打ち込むのは何でなのか。何か自棄になっているのかとも思って聞いてみると、凪から返って来たのは至って前向きな答えだった。


『今の自分に出来る事をする』


 それが何を意味しているのか、今なら少しだけ理解できるよ。

「ね、凪。もう立ち止まるなよ」
「……ああ」
「それでも挫けそうな時は、いつでも連絡して。飛んできてあげる」
「誰に向って言ってんだよ」
「ハハッ。天下無敵、天才の凪様にだよ」

 そう言って笑うと、凪がゴツッと拳で俺の額を叩く。そして徐に立ち上がる。何か少しだけ踏み入った話になってしんみりしちゃった。もう少しだけ寝るかな。そう思って目を閉じる俺の耳に、珍しく穏やかな凪の声が届く。

「オマエらだけ、俺を見る目が変わってたからな」
「……え?」
「少し、興味を持っただけだ」

 瞑っていた目を開け起き上がるも、もうそこに凪の姿は無かった。

「おいおい。一日に二回もデレるとか、レア過ぎでしょ」

 思わず笑ってしまう。
 成実に言ったら驚かれるだろうな。そんでもって凪にしつこく迫りそう。俺にも言えとか何とか。絶対に成実の前じゃ言わないだろうね。二人とも頑固だし。


(……なあ、凪。俺、嬉しかったんだ。お前が美容師になるって言い出した俺を、遠回しに応援してくれたの)


 だから、俺も祈るよ。いつになるか分からない。
 それでもこの地で待ち続けるって決めたお前の想いは、きっとその子に届くって。


『何でアイツを、宗介を、手放したんだ……ッ』


 凪をあんな顔にさせる、その大事な子を、いつか見てみたいな。


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