そら様より頂いたリクエストです。





「え……?」

朝起きたら、俺は白河晃聖その人になっていた。いや、冗談とかではなくマジでだ。身体を起こしてまず最初に気づいた異変は、部屋が俺の部屋ではなかったことだ。ん?と寝ぼけた頭を懸命に動かし状況を把握しようとベッドから出ると、寝る前に着ていた服装ではなくなっていた。更にんん?と首を捻る。そしてフと等身大の鏡が目に入る。慌てて鏡の前に立ち、そこに映った姿を確認する。思わず口を開けて呆けてしまった。

「え、え…っ」

 どの角度から見ても、鏡に映る姿は俺ではなく、晃先輩だった。

「ど、どう言うことだ」

 状況が理解できず頭を抱えて狼狽える。その時だった。ピンポーンと部屋のベルが鳴る。チラリと時計を見ると、まだ六時過ぎだ。こんな朝早くに誰だ?でも、俺が出て大丈夫か?先輩の部屋でオロオロするが、ベルの音は一向に鳴り止まない。先輩の同室の人誰だろう…全然出ない。
 こうなったら、取り敢えず出てみるか。何か急ぎの用かもしれないし。そう思い玄関に向かう。でもどうして俺が晃先輩の身体に……そしたら、晃先輩は一体どこに居るんだ?悶々と考えを巡らしながら、俺はゆっくり扉を開けた。

「はい……っ!」

 扉の隙間から顔を覗かせたまではいいが、そこに立ってた人物に思わず目を見開く。何で此処に?そう疑問に思う間もなく、その人物は扉に手を掛け勢い良く開けると、いきなり俺を押し倒し、首元にピタリと指を当てた。ヒヤリとした指先に光の輪が見える。あれ?これは、光の魔導だ。でも、今俺の目の前に居る人物は間違いない。凪さんだ。
 な、何で凪さんが光の魔導を?それにどうして晃先輩に襲い掛かるんだ?

「……何者だ」
「え?」
「俺の身体に何をした。言え」

 凪さんがグッと、光の輪を纏う指先を押し付けてくる。瞬間、チリッと微かな痛みが襲った。何が何だか分からず、俺は困惑する。凪さん一体どうしたんだ。

「な、凪さん、落ち着いて下さいっ。えっと、信じてもらえないかもしれませんが、俺は晃先輩じゃなくて……」
「――!」

 俺の言葉に、凪さんがガバッと勢いよく俺から退いた。そして「宗介…?」と小さく俺の名を呼んだのだが、俺はそこで違和感に気付く。凪さんは俺の事を宗介と呼び捨てでは呼ばない。それに光の魔導なんて使える筈ない。凪さんは雷の属性だから。

「もしかして…晃、先輩ですか?」

 光の魔導が使えて、そして俺の所…晃先輩の所に来る人物。この人が凪さんでないなら、自分の身体がどうなったのか気にして来たその人本人としか考えられない。俺の身体に何をしたとも言ってたしな。俺の問い掛けに凪さん……いや、晃先輩が頷いた。そして押し倒したことを謝りながら俺を起こしたくれた。

「本当にすまなかった」
「いえ。良いんです。それよりも、どうしてこんな事に…」
「――会長?それに、雷霆が何故ここに?」

 その声に俺達は同時に振り向いた。すると副会長が怪訝そうな顔で立っていた。知らなかったけど会長の同室者は副会長だったのか。でも彼の質問ももっともだ。晃先輩と凪さんの組み合わせなんて珍しいし、ましてや晃先輩の部屋に凪さんが訪ねてくるなんて誰が見ても疑問に思うだろう。俺が何と答えようか考えていると、スッと晃先輩が俺の前に出た。

「貴方には関係ないでしょう」
「関係ない?」
「行くぞ、晃聖」
「……え、あ、はい」

 そう言って晃先輩が俺の背を押す。あまりに凪さんのような話し方をするから、俺は自分が白河晃聖だと言うのも忘れて返事してしまった。俺の背を押して外へ出た晃先輩は、ふうっと疲れたように息を吐く。

「晃先輩、ですよね?」
「いきなりどうした?」
「あんまりに凪さんそっくりの話し方だったんで…」

 すいませんと謝った俺に、晃先輩がフッと口の端を上げて笑った。

「俺の演技力は、お前も知っているだろ?」
「アハッ、そうでしたね」

 一緒に演劇したからよく分かる。先輩は凄く演技が上手かった。その時を思い出して思わず声を出して笑うと、晃先輩が少し困ったように笑っていた。

「何だか自分が笑っている姿を見るのは、少し複雑だな」
「あ、すいません。先輩の身体なのに、誰かに見られたりしたら…」
「――凪いいぃぃぃいぃぃ!!」

 と、俺と先輩が少し廊下を歩いていると、後ろから誰かが大声を上げながら走ってきた。しかも凪さんを呼びながら。だが残念な事に此処に居るのは身体は凪さんと晃先輩であっても、中身は二人して違うときた。それを取り敢えず教えてあげないとと思い後ろを振り返る俺達は目を疑った。もしかしなくても、俺達…と言うか凪さんに向って走ってくるあの人は――。

「凪ィ!!」
「ッ、おい、日比谷っ、どう言うつもりだ!」

 ガバッと凪さんに抱き付いてきたのは、紛れもない尚親先輩だ。尚親先輩のはずなのに、泣きながら凪さんに縋り付くその人は、尚親先輩とは思えない。さすがに晃先輩も動揺して声を大きくして尚親先輩を引き剥がそうとする。

「離せッ、気色悪い!」
「な、凪違うから!!確かに俺尚親だけど、尚親じゃなくて、えーとー…!」

 晃先輩と押し問答するその様子を見て、俺はもしかしてと思い、声を掛けた。「那智先輩…?」と。俺の声に、尚親先輩が勢いよく振り返り、そして「こーせー?」と那智先輩特有の呼び方で晃先輩の名を呼んだ。

「やっぱり、那智先輩なんですね」
「もしかして、宗介…?」
「はい」

 恐る恐る那智先輩が俺に近付いてくる。先輩の質問に俺が頷くと、先輩が嬉しそうに俺に飛び掛かって来た。

「宗介!!ホントにそーすけなんだね!」
「はい。俺です」
「ま、待て那智!その姿で宗介に抱き付くな!」

 晃先輩が俺と那智先輩を引き剥がしにかかる。それもそうだよな。晃先輩から見たら、自分と尚親先輩が抱き合っているようにしか見えないだろうし。そして那智先輩が凪さんの中身が晃先輩だと言うのに気付いたのか「え?ホンモノのこーせー?」と驚いていた。




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