てくてく様より頂いたリクエストです。





「もうお前わかんねぇよ」
《え…?》
「二度と電話してくんな。声も聞きたくないし、顔も見たくねぇ」

 な、なんで…と弱々しく震えた声が耳に届く。何でだなんて俺が聞きてぇよ。つか、今更そんな殊勝な態度とっても遅いって。

「じゃあな。今までありがと。悪かったな、大事なヤツいるのに付き合わせて」
《え、ちょ、イヤだッ、待っ――!》

 相手の返事も聞かず電話を切った俺は、重々しい溜め息を一つ吐き、電源を落とす。そのまま携帯はポイッとベッドに投げ捨て、俺自身もベッドにダイブした。そこでもう一度考えてみる。そもそも、俺のような何処にでもいる平凡な男を、何故アイツのようなイケメンが「好き!」なんて告白して来たのか。そこがもうおかしい。そう、だからこんな結末を迎えることが普通で、仕方のないことだと思うんだ。
 俺とアイツ――高橋理央が出逢ったのは一年前。俺とアイツが中三の頃だ。一見グループも違うように見えるのに、何故か理央は俺とよく一緒に居た。何をするにも一緒、しょっちゅうつるんで遊んでた。でもお互い行く高校も違ったし、アイツとの交流もそこで終わりかと思ってた。けど、アイツは卒業式の日、目を潤ませ顔を真っ赤にしながら俺に好きだと告げて来たのだ。今でも覚えてる、あの日の理央の半端ない緊張の仕方も、俺が告白を受けた時に浮かべた蕩ける様な笑顔も。
 フゥ…と、また重い息を吐き、そしてポツリと呟く。

「にしても、早かったな…」

 アイツと付き合って半年。意外にも終わりは早かった。いや、意外も何もないか。高校も違うんだ。擦れ違いなんてしょっちゅうあった。けど、今回はそれが原因ではない。一番の原因、それはアイツと、アイツの幼馴染が問題だった。どんな因果か、理央の幼馴染が高校進学を機に、俺の家の隣に引っ越してきたのだ。それでアイツとお隣さんが仲が良いと言うことを知る事となった。
 朝家を出て理央が居た時は、サプライズで俺を待ってくれたのかと自惚れたりもした。実際はお隣さんと朝行く約束をしていただけだった。そして校門を出て理央が居た時は、今度こそはサプライズで俺を待ってくれたのかと思ったりもしたが、驚いたことにお隣さんは俺と同じ高校だった時には絶望した。そしてやはり俺でなく、お隣さんと帰る為に待っていたと知り更に絶望した。それからも色々あった。俺との約束より幼馴染の約束を優先するなんてザラだし、結局登下校なんて俺とは一度もしていない。そして何よりショックだったのが、アイツが幼馴染と手を繋いでいたことだ。しかも俺の家の前で。それぐらいの事で…と思うかもしれないが、俺はあいつと手を繋いだことなんてない。手を繋ぐことさえしてないのだから、セックスは勿論キスもしてない。そう、アイツは一度も俺に触れてこなかった。付き合ったあの日から。そんなアイツが幼馴染とはベタベタって、もうそいつと付き合えよとしか言いようがない。
 一体俺はアイツの何だったのか。それはもう、今日の約束をすっぽかされた時点で分からなくなった。何を隠そう、今日は俺の誕生日だったんだけどな。まあ、自分の誕生日を公言した訳ではないからアイツがただ知らなかっただけと言うのもあるかもしれないが、とにかくショックだった。ただ一緒に居てくれれば、俺はそれだけで良かったのに。ただの約束でさえ、アイツにとったらその程度なのかと思うと、悲しさを通り越して虚しい思いでいっぱいだ。

(まあ、もう関係ないけどな…)

 今ので俺とアイツの縁は切れた。学校も違うし、家も違う方向なんだから滅多な事が無ければ会うことは……あ、いや。忘れてた。お隣さんが居た。つまりはまた家の前に居るアイツと会うことになるのか。結構な割合でいるからな。仕方ない、明日から早めにいこ。そうしたらきっと会わないだろうし。
 そう心に決めながら、俺はゆっくり目を閉じた。





 そして明くる日。一時間前と言ういつもよりかなり早い時間に家を出たはずの俺は、俺の家の前で座り込んでいる人物を見て思わず息を呑んだ。何してんのアイツ。こんな朝早くに、人の家の前で。いつもはお隣さんと俺んちの間位に立っているのに。つか俺が昨日言った事忘れてんのか?顔も見せんなと言ったはずなのに。さて、どうしたものか。まあいいか。どうせ用事あるのはお隣だろうし。深く考えることはやめて、俺は門を開ける。その音に座り込んでいた理央が勢いよく顔を上げた。

「拓篤…ッ」

 そんな理央の前をスイッと通り過ぎると、慌ててそいつが俺を呼び留める。ああやっぱり俺?俺に用があんの?そう分かった瞬間、何だか物凄く億劫に感じた。今更俺に話なんかないだろうに。苛々を表に出さない様、なるべく自然を装った。

「ああ、高橋。おはよ」
「っ、なんで…」

 なんで?ああ、俺が前みたいに苗字で呼んだことを言っているのか。でも当然だろ。もう俺とお前は他人なんだから。

「どうした?俺に何か用?」
「どうして、なんで、別れるなんて…」
「ああ、その事ね。え、なに、理由言わないと分かんない訳?」

 心当たりがないと言うのもどうかと思うけどな。そんな俺の呆れ返ったと言う態度に、理央が息を呑んだ。

「まあとにかくそう言う訳だから。じゃあな」

 今更話すことはないと言外に言った俺は、片手を振り今度こそ理央に背を向ける。ああ、これで本当に終わりなんだな。なんて、少し感傷的になっているが、別れ際に弱味は見せたくない。その一心で俺は始終笑顔でいた。
 しかし、そんな俺の心情などいざ知らず、突然背中から衝撃が走る。思わずぐえっと声が出る位。ギュウギュウ痛いくらいに身体を締め付けられている。これは、何?いきなりの衝撃に理解が一瞬遅れたがすぐに理解した。理央が、俺を後ろから抱きしめていた。

「っ、離せ!」

 朝なのに思わず大声で理央を振り払おうとする。だが理央の方が体格がいいせいか、中々振り放せない。くそっ、何だよこいつ。もう一度離せと身を捩って逃げようとした俺の耳に、弱々しい「イヤだ…」と言う声が届いた。

「イヤだ、やだやだやだっ!別れたくない、別れるなんて言わないでッ!!」
「ッ…ふざけんな、離せよ!!」
「イヤだよ拓篤。お願い、お願い。俺にヤなとこあんなら全部、全部直すからっ…だから、俺から離れないで…っ」
「うるせぇ!!」
「拓篤、拓篤お願いッ!別れたくないよ!」
「うるせぇって言ってんだろ!気持ち悪ぃんだよ!!!!」

 その瞬間、俺を抱き締めていた理央の力が急に弱まった。俺は力一杯その身体を押し返し、理央を睨み付ける。だがそこで後悔した。俺の見た理央の表情が、切なげに歪められていて、その目は酷く怯えていた。何だよ、何でそんな顔で俺を見るんだよ。
 変だろ。泣きたいのは、俺の方なのに。


「っ、理央?どうしたの!?」
「――!」


 俺と理央のやり取りが大声で行われた為か、お隣から制服姿に身を包んだ理央の幼馴染が顔を出した。「っ…空」と理央の口から幼馴染の名前が呟かれた。その声に弾かれる様に、俺は駅の方へ走り出した。駄目だ、これ以上此処に居たら…これ以上、あの二人が一緒に居るところを見たら、俺はおかしくなる。

「拓篤ッ、拓篤ァ!!」

 聞いてるこっちの胸が痛くなるくらい、アイツが悲痛な声で俺を呼ぶ。うるさい、うるさい!今更遅いんだよ。あんな風に縋り付かれても、もう俺はお前を信じるのは疲れた。
 お前の傍に居るの、もう疲れたんだよ。

prev next


back