あすか様より頂いたリクエストです。





 俺は役に立ちたいと思ったんだ。
 それが、大好きな人の為なら尚更。
 だから、決まった結末でも構わない。

「なあ、早く買ってきてよ」
「うん。今行ってくる!待ってて!」

 笑顔で応える俺に、一瞬顔を顰めたそいつは、直ぐにいつもの王子様スマイルを浮かべて「いってらっしゃーい」と俺に手を振った。俺は俺で手を振ってくれたことが嬉しくて思わずニヤニヤする。けど嫌われていると分かっているから、あんま調子には乗らず、すぐに表情を抑えて屋上を後にした。
 階段を下りる途中、彼の友人と数名擦れ違ったが、向こうは俺を見てニヤニヤするだけ。俺はその横を軽く会釈して通った。きっと心の中で凄い嘲笑ってんだろうなぁ。気持ち悪いとか思ってそう。けど、後六日だけ、六日だけだから。少し多めに見てくれよ。


(――だから、罰ゲームだって俺が知ってることは言えない)


 罰ゲームと分かって彼が告白して来たのも知ってる。しかも一番嫌いなヤツにと言う指定だったのも知っている。全部、全部聞いていたから。それなのに告白を受けたのは、単純に俺が彼を――新妻慧を好きだからだ。俺は自分をゲイだとは思ってない。女の子を好きになったことだってある。けど、新妻を好きになったのはある事がきっかけだった。きっと新妻自身はそれを憶えていないだろう。でも、それでいいんだ。
 叶うはずのない新妻との付き合いが、こうした形で叶ったんだ。それだけでも俺は十分に嬉しかった。だからどんな内容の事を言われ様とも、俺は尽くそうと決めている。ま、そんな訳でこうしたパシリも嫌がる事なく行っているんだ。向こうは嫌がらせのつもりでやってるんだろうけど、ごめん。俺からしたら超嬉しい。なんか変態みたいだな、俺。
 でもたった一週間の恋だから、そのくらいはいいだろ?





「一緒に帰ろう。久保」
「うん」

 そして放課後。律儀な新妻はこうして俺を誘いに来た。内心は吐きそうなほど嫌なんだろうけど。後ろで見てる新妻の友人達もニヤニヤと教室を後にする俺達の後姿を見ていた。

「オマエら、一緒に帰んの?」
「つかお前らが一緒に居るとこ初めて見た」
「二人って仲良かったっけ?」
「ハハッ、まーね……」

 廊下で人とすれ違う度、色んな人が新妻に声を掛けていく。こうして一緒に歩いていると、改めて新妻の人気の凄さが分かる。まあ格好いいもんな。みんな分かってる。一人で内心新妻を褒めまくっていると、不意に俺の名前が呼ばれた。
 その声に釣られて後ろを振り返ると、同じ委員会のヤツが俺に手を振っていた。

「ごめん!久保!お願いあんだけど!」
「え?」
「俺、これからどうしても用事があって……委員会の仕事、代わってくんね?」

 両手を合わせ俺に頭を下げてくるこの男は、別に仲が良い訳でも何でもない。たぶん、俺だったら頼んでも断らないだろうと踏んでこうして頼みに来ただけだろう。前、コイツと仲の良いヤツとの当番を代わったことがあるからきっと自分の頼みも断らないだろうって思ってんだろうな。じゃなきゃ、今正に帰ろうとしているこの状況を見て、こんなこと頼みに来ないだろう。

「……」

 チラリと、新妻を横目に見た。驚いたことに新妻は、いつもの王子様スマイルを崩して目の前の男を見ていた。不快だと言わんばかりの、そんな目。

「悪いけど」
「え?」
「俺、今から帰るから。だから代われない。他当たって」

 元から断る気でいたから、此処は早いとこ断ってこの男には去って行ってもらおう。新妻がこんな顔する位だからよっぽどこいつが嫌いなんだろうし、新妻にそんな気分になってもらいたくないからね。そう思ってすっぱり断ると、何故か相手ではなく新妻が驚いた声を上げた。

「あっそ。悪かったな。じゃあ」

 悪いだなんて微塵も思って無さそうな声で去って行く男に、笑顔で「じゃあな」と手を振る。勿論嫌味だ。俺は帰るけどお前は当番だなザマァの意味を込めて。

「ごめん新妻。行こ」
「……ああ」

 ん?と俺の頭の上にハテナが飛ぶ。何だか新妻の様子が可笑しいぞ?
 新妻を見て来ただけあって、彼のそれなりの表情の変化は分かるつもりだ。何だか、今の新妻は少し元気がない。と言うより、戸惑っているように感じた。

「あのさ、新妻……」
「おーい聡!」

 二人で玄関まで来た瞬間、靴を履き替えていた俺に別の声が掛かった。くそっ、こんな時に誰だ。思わず睨み付ける様にそちらを見ると、今度はさっきとは別。俺と仲の良い友人が遠くから叫んでいた。

「なにー!」
「ちょっとこっち来てくんねー?」

 はあ?と思わず顔に出る。自分からこっちに来る気はない友人は、どう考えても可笑しい。だって顔めっちゃ笑ってるし。つか分かったぞ何が言いたいのか。呆れてつい溜息を吐くと、フと横から視線を感じた。
 何気なくそちらに視線を移すと、新妻が俺を見ていた。思わず心臓が跳ねる。新妻が俺を見てる!つか、そうだ。こんなバカなことしてる場合じゃない。新妻を待たせるな俺!

「職員室に行くなら一人で行けー!オレを巻き込むなー!」
「げっ、何で分かんのー!」
「馬鹿やろー!昼間呼び出されてたろーが!明日骨は拾ってやる!じゃあな!」

 一方的に会話を切り、俺は新妻に行こうと声を掛ける。遠くから俺を詰る声が聞こえるが、痛くも痒くもない。寧ろ詰りたいのは俺の方だ。何でお前の呼び出しに俺まで巻き込むんだ。どいつもこいつも俺と新妻との仲を邪魔しやがって!
 なんて、新妻にとっては俺がさっきみたいな用事を引き受けた方が嬉しかっただろうけど。一人で帰れるし。でも一週間しかないんだ。一日たりとも無駄には出来ない。
 校門を出た俺達は、帰る電車が途中まで一緒ってだけだ。しかも二駅ぐらいしか一緒に居れない。短い時間しか一緒に居れないからこそ、俺は時間を大事にしたい。

「何かごめんな。こう言う日に限って頼まれごと多くて」

 新妻の気分を害してないだろうか。俺のせいで時間をとらせちゃったのは確かだし、謝っておかないと。そう思って謝ると、新妻はまた先程の様に俺を見つめた。王子スマイルでも何でもない。読めない表情。思わずうっと息を詰まらせる。

「何で謝んの」
「え?いや、俺のせいで時間とらせたし……」
「それなら俺だって声掛けられたし、お互い様じゃん」

 まあ、そう言われるとそうなんだけど。
 うーんと首を傾げる俺から視線を逸らした新妻は、正面を向き、そしてポツリと呟くように言った。

「よく、頼まれごとされるよね。久保って」
「え?そうかな」
「でも……断ってるとこ、初めて見た」


 そう呟いた新妻の顔は、横から見ても分かる程、困惑したような顔をしていた。


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