ニャブー様より頂いたリクエストです。





「そーすけ?」
「……」
「そーうーすーけ」
「……」
「がぶー」
「うわッ!!」

 考えに耽っていると、突然誰かに頬を抓まれた。驚きのあまり声を上げた俺は、俺の頬を抓んだ本人を見て目を白黒させていた。コンコンと指で狐を作って笑っているのは、なんと那智先輩だった。

「せ、先輩?どうしたんですか?」
「それはこっちの台詞だって。宗介ったらいくら呼んでも返事がないからー」
「え…そうだったんですか。すいません、気付かなくて」

 申し訳なさから頭を下げると、「別に怒ってるわけじゃないからね。気にしない気にしない」と案の定諭される。それでも尚頭を下げる俺に、那智先輩が首を傾げた。そして俯かせた俺の顔をそのまま覗き込んでくる。

「どうしたの?」
「っ、え?何が、ですか?」
「さっきから元気無さそうだったから」
「別に、そんな事ないですよ?」
「アハッ。俺に隠し事ー?駄目だよ宗介ー。嘘ついたら」

 一瞬先輩の目が眇められ、思わず身体を震わす。確かに先輩の言う通りだ。先輩に隠し事をしても、きっとアナライズを使われれば一発で何でも分かってしまうだろう。けど、先輩は優しいから、余程のことが無ければ俺には使ってこないだろう。
 でも先輩は聡いから。きっと、すぐに俺の変化なんて分かっちゃうんだろうな。

「すいません……でも、本当にどうしようもない事なので」
「うん。でも俺知りたい。宗介が何を思ってるのか」
「え?」
「俺に聞かせて?」

 そう言ってニッコリ笑う先輩は、本当に俺の事を想って言ってくれているのだろう。なんて後輩思いの先輩なんだ。心の中で先輩を更に尊敬しながら、俺は先程あった本当にどうしようもない出来事を先輩に話した。

「あの、さっき実技の授業があったんです」
「あー。それで運動着なんだー」
「はい。そこで、魔導の発動の練習をしていたんですが……」
「発動しなかったの?」
「いえ。発動はしたんですけど、あまりに弱くて、丁度その場面を耀に見られてですね…」
「成る程ねぇ、馬鹿にされたと」

 俺は小さくハイと答えた。でもそれは俺が未熟なせいでもあるし、実際耀に言われた通りなんだ。アイツは正論を言っているに過ぎない。まあ大分キツイ言い方ではあるけど。でもどうして俺は出来ないんだろうと考えれば考えるほど、マイナスなことしか頭に浮かばなくて、結局は落ち込むんだ。ホント救いようがない。
 でもへこむ俺に反し、那智先輩は笑っている。でもそれは馬鹿にしたような笑みではなく、何だろう。愛しむ様な、そんな顔をしている。思わず先輩の顔を凝視していると、先輩が徐に俺の頭に手を置いた。

「別に俺、可哀想とか思ってないよ?心配もしてない」
「……え?」
「だって、宗介なら出来るって信じてるから。俺だけじゃないよ?凪だって学園長だって、皆信じてる」
「――!」
「だからそんな顔しないで」

 そう言って笑う先輩に、俺は胸の奥が熱くなるのを感じた。酷く優しい声、表情に、俺はいつも甘えてしまう。ついつい、この先輩に頼ってしまうんだ。だって、俺の欲しい言葉をこんなにくれる人はそういない。俺は、泣きそうになるのを堪え、震える声で先輩にお礼を言った。

「っありがとう、ございます」
「お礼なら笑顔で返してくれればいいよー。ほらー笑って笑って」
「……そう、言われても」

 中々難しい、急に笑えと言われても。でもそれがお礼になるならと頑張るのだが、どちらかと言うと泣きそうだった俺が急に喜の感情を表に出せるかと言われれば、率直に言おう。無理だ。そんな俺を見た先輩が、何を思ったのか、今度は思い切り企む様な笑みをニタリと浮かべた。

「え?」
「そんな顔をいつまでもしてる子はー……」

 手をワキワキとさせ、俺に迫るその様子に、俺は嫌な予感しかしない。と言うよりあの手の動きはアレしかない。ヤバい、逃げよう。そう思って踵を返したのだが、俺が先輩から逃げられる筈もなく、後ろからガバッと抱き込まれた。そしてそのまま、その手が俺の身体に滑る。

「ひっ」
「くすぐりの刑だ!!」
「いっ、は、あははははッ!!」

 案の定、そのままコチョコチョと指を動かし、俺を擽って来た那智先輩。その声は何だか楽しそうに聞こえた。しかし俺は前の高校で何度か擽られたことがあったが、擽りに弱い事が判明した。脇をすぐ触られただけでも過剰に反応してしまう。抵抗しようと先輩の手を掴むが、全く力が入らない。それどころか足に力が入らず、先輩に体重をかける形になってしまった。

「っ、ひはは!せ、んぱい…!も、やめ……ッアハハ!」
「んー?じゃあほら、もっと笑わないとー」
「いやっ、あ、はは!」

 先輩の手の動きがドンドン大きくなっていく。寧ろ俺の身体を撫で回すと言った方がいいかもしれない。俺にはそれさえも擽ったいんだが。ヒィヒィ言いながら先輩の手の動きに翻弄されていると、脇腹のちょっと上ぐらいだろうか。そこを触られた瞬間、今までとは違う感覚になり、ザワリと肌が粟立つ。

「ちょ、ま、先輩ッ、んん…」
「んー、なに?」
「あぅっ、それ、は…ッ」
「――!」

 先輩もそれに気付いたのだろう。ピタリと、その動きが止まった。それによって漸く俺も呼吸がまともに出来るようになった。肩で息をする俺を見下ろした先輩が、少し気まずそうに目を逸らした。

「あー…ごめん宗介。ちょっとやりすぎた、かな?」
「い、え、大丈夫、です……あッ!」

 先輩が俺の身体から手を離そうとした時、また指先がそこに少し触れ、俺は大袈裟に声を上げてしまった。恥ずかしい。そんな俺を、先輩が目を見開いて見ている。

「そ、そこは…だめ、です」

 お願いだから、その場所にだけは触らないで欲しい。そう言う願いを込めて縋り付くように先輩を見上げれば、先輩はカッと顔を赤くさせた。え、結構赤い。しかもちょっとだけ目が血走っているように見える。思わず目を白黒させる俺を見てか、先輩がハッとした顔をし、そのままいきなり自分の胸に引き寄せ抱き締めてきた。

「せ、先輩!?」
「やべー……マジ破壊力あるわ」
「え?」
「危うく外なの忘れて突っ走るところだったー…凪にバレたら殺されるな」
「はあ……」

 よく分からないが、一つだけ確かな事がある。
 何故だか、先輩の心拍数が異常に速いのだ。俺が心配になる位。でも俺がそう言った意味も含め、先輩の事を理解するのは、まだまだ先の話である。


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