床様より頂いたリクエストです。





 ――この感情を、どう表現すればいいんだろう。
 俺は自身の顔が熱くなっているのを自覚しながらも、その姿から目を離せなかった。そんな俺を澄んだ瞳で見つめてくるその子に、俺は高校に入ってからドキドキさせられっぱなしだったんだ。





「安河内くん、だよね?俺、高地大樹。良かったら一緒に食べよ」

 今日は初めて午後がある日。そんな中、教室の隅で一人、小さなお弁当を広げる宗介に声を掛けたのは、入学して少し経った頃のことだ。もうそろそろクラスの中でもグループが出来上がってる中で、宗介だけはジッと隅で本を読んだりしていた。多分それは、宗介の見た目もあるのかもしれない。正直最初見掛けた時は驚いた。こんな前髪を長くして顔を隠す人見た事なかったし。けど、俺はそこで初めての感覚に陥った。
 桜が舞う中で一人佇む宗介から、何故か俺は目が離せなかった。そして、風が一層強く吹いた瞬間見えた宗介の目は、とても綺麗だったんだ。人に対して、それも男に対して綺麗と思ったのは初めてのことで、佇むその姿が儚く思えたのも宗介だけだった。その時から俺は宗介がとても気になっていて、同じクラスなんだからと早速声を掛けた。いつまでもクラスに馴染めないのは心配だしさ。そして宗介は、何と言うか誤解されやすいのかもしれない。見た目から敬遠されがちだが、話してみると大分取っつきやすいし。そう感じたのは俺だけでなく、俺が一緒に行動する様になった多野、宮田、佐竹の三人もそう思ったらしい。

「宗介さ、どうしてそんな髪してんの?」
「ああ……その、落ち着くからかな」

 そう言って笑った宗介は、たぶん本当のことを言ってなかったんだと思う。宗介が髪を切らない理由も、どうして時々寂しそうに俺達を見るのかも、その時の俺には分からなかった。そして、宗介の家庭の事情を知る事になったのは、部活見学が始まった頃のことだった。

「宗介は部活何入るの?」
「え、ああ。入っていいのかどうなのか、伯父さん達に聞いてみないと」
「伯父さん?」

 俺の疑問に宗介は困ったように笑い、それから自分の家庭の事を少し話してくれた。それを聞いて俺は、正直混乱した。それは俺が思っているよりも遥かに複雑な環境で、宗介はその中で今まで生活して来たんだ。俺なら間違いなく家を出たくなる。そんな従兄弟とその親に囲まれたら俺はきっと生きて行けない。けど、宗介はそれをしなかった。
 宗介は自分に生きる力がないから、今は頼るしかないとそう言っていたけど、その理由だけでそこに居られるのか?俺は同じように出来るか?多分、と言うか絶対無理だ。宗介はそれを自分の弱さだと言っていたけど、俺はそうは思わなかった。その場では言えなかったけど、俺は、その強さに憧れたよ。
 俺は宗介と違って、自分の力から逃げた臆病者だから。

「そっか……何かあったら言ってよ。力になれることもあると思うし」
「ありがと、大樹」

 宗介が寂しそうな理由も、髪を切らなかった理由も、きっとその家庭の事情が関係しているんだろう。それが分かっても何も出来ない自分が少し歯がゆかった。でも、そんな複雑な思いを抱えて瞳を揺らしていたと言うのに、俺はその姿をとても綺麗で儚いと思ったのか。すげぇ不謹慎だな俺。男に綺麗とは失礼だよな。でも、隠さないといけない程の酷い顔じゃないと思うんだけど。いつかちゃんと見れたらいいな。
 そう思っていた俺に、チャンスは割と早くやってきた。

「大樹、俺、伯父さん達から部活の許可もらえた!」
「え!?マジで!?」

 ああ!と喜び笑う宗介に、俺まで釣られて嬉しくなる。どうやらその意地悪な伯父から許可が下りたらしい。良かった。宗介が少しでも自由でいられて。

「ならさ、良かったら俺と一緒に弓道部入らない?」
「弓道?」
「うん。宗介と一緒なら楽しそうだし」

 俺の誘いに宗介は直ぐにOKを出してくれた。ぶっちゃけ色んな部活から誘いも来てたけど、もし宗介と一緒に部活入るなら何がいいかなぁと勝手に考えていた俺が導き出したのが弓道だ。きっと宗介に弓道衣はよく似合うだろうし、弓を引く姿も綺麗だろう。

「大樹?」
「え?あ、いやいや!何でもないよ!」

 宗介に呼ばれて漸く意識が戻った。それにしても俺何考えてんだ。今更ながらに俺、此処のとこずっと宗介のことばっかり考えてないか?まだ入学してそんな経ってないのに、似合うだろうとか綺麗だろうとか、俺何してんだろ。そう考えたら少し恥ずかしくなって顔が赤くなる。それを宗介が不思議そうに見ていたけど、とてもじゃないけど言えない。宗介のことばっか考えてたなんて。とにかく少しは宗介のことから離れないと。
 そう思って違う事を考えようにも中々浮かばない。そう、もう遅かったんだ。今更の事だったと言うのに気付くのは、たぶん一年以上先の話になるんだけど、それでも俺はどうして宗介の事を此処まで考えるのか、その時はただ心配しているだけだと思っていた。そうじゃないと気付かされたのは、宗介が顧問の先生に髪を注意された翌日の事だった。昨日となんら変わらない髪型に心配になりつつも、いざ部活が始まってから俺は目を疑った。いや、俺だけじゃなくて周りも驚いたように宗介を見つめていた。

「そ、宗介、それ……」
「ああ。事務室の落し物箱から、廃棄する物貰って来たんだ。これで留めれば邪魔にはならないだろうし」
「あ、うん。そうだね……」
「大樹?どうした?やっぱり、何か変か?」
「え!?あ、いやいやいやいや!全然、寧ろすっげぇ似合ってるって言うか、すっごく綺麗と言うか、めっちゃカッコいいよ宗介!やっぱり思ってた通りだった!」

 宗介が一瞬表情を曇らしたから慌てて自分の感想を述べた。すると宗介は目を丸くして、そして俺の慌てぶりを見て笑い出した。自分でも引く位必死だった。ただでさえ赤い顔がもっと赤くなったと思う。けど、たぶんその恥ずかしさだけじゃない。今俺、笑顔の宗介を見て凄く心臓がドキドキしてる。ドキドキ?ドクドク?とにかく心臓が煩い。
 何でだろう、この笑顔をずっと見ていたいと思った。ずっと、笑顔でいて欲しいとも。今はまだその気持ちが分からない。けど、今ハッキリ言えるのは、こうして宗介と笑い合えることがとても幸せだと言う事だけだった。想像通り、綺麗な顔をした宗介の笑みを眺めながら思った。


 初めて芽生えた、この温かい気持ち。
 この気持ちに名前がつけられる日、きっと俺達の関係は永遠となる。
 そんな気がした。


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