周りは俺を冷たい人間呼ばわりするが、俺はあいつの方が冷たい人間だと思う。
「あー…くそっ」
身体がダルい。これも誰かさんが好き勝手弄くりまわしてくれたお陰だねハハッ。なんて思うかボケが。後処理だけすればそれで済むとでも思ってんのか。毎度毎度、もう無理だと言っているのに人を散々犯しやがって。しかも起きたらもう居ねぇし。何一人だけ真面目に授業受けてんだよ殺すぞ。
言いたいことが山ほどありすぎて、俺のフラストレーションは朝から溜まりまくりだ。だが、これももう毎度のことだ。俺がいくら苛立とうが、あいつを殴り飛ばそうが、事態が好転したことない。いや、そもそも俺達は恋人ではないのだから別にこの扱いが間違っている訳ではない。寧ろこれが正しいのかもしれない。しかし何故だろう、俺はそれがもの凄く気に入らないのだ。気を失って寝ている俺から逃げるようにあいつはいつも姿を眩ます。そして夜、何事もなかったかのように帰ってくる。それがあまりに普通過ぎて俺は最初夢かと思った。実際、初めてあいつとヤった後はその態度にブチギレて殴った。けどあいつは曖昧に笑うだけ。「ごめんねー」なんて心にもないことを平気で言ってのける。
……それに柄にもなく傷付いた自分がいた。
正直嬉しかった。大学が同じで学部も同じだが、大学生ともなればグループも変わって疎遠になるかと思っていたから(実際つるんでるヤツらは違うけど)。だからあいつがルームシェアの話を俺にしてきたとき、自分は思っていたよりもこいつの中にいるんだなと。こうして一緒に暮らす相手として選んでもらえるぐらいには仲良くなれたんだと、嬉しく思った。だからかな、何となく虚しくなるのは。まさか、こんな事をするために俺を選んだとは思いたくなかったんだ。
「あー、やめだやめ」
大きく独り言を口にし、重々しい溜め息を一緒に吐き出す。そして徐にベッドから這い出した俺はゆっくり身支度を整える。シャワー浴びて、歯磨きして、髪整えるの面倒だし、コンタクトも面倒だから今日はメガネでもかけるか。今は丁度お昼時。今から出れば午後の講義には間に合うだろう。再び吐き出されそうな重い溜息を熱いコーヒーで喉の奥に押し込め、俺は急いで部屋を出た。
*
「お前メガネかけると更に雰囲気違うよな」
「あ?そうか?普通だろ」
「腹立つわーそのモテ男だから言える台詞。俺も言いてー」
「言えよ勝手に」
あー冷てー!と大袈裟に嘆く友人を無視して歩くと、後ろからごめんなさい調子に乗りました構ってと言いながら謝ってくる友人。けどまあ、謝るのは俺の方かもな。今の冷めた態度は若干八つ当たりみたいな感じだし。結局謝んないけど。
「ところで郁人さん。お願いがあるんですが…」
「無理」
「まだ何も言ってないだろ!今日さ、合コンあるんだけどさー人数足らなくて…」
その後の言葉は想像がつく。今まで何度も同じ会話をしたことがあるからな。けど、その度断っていた。あいつも言っていた、遊びで遅くなるのも帰ってこないのも気にしないと。けど、どうしてか俺は夜家に居たかった。家で、あいつが帰って来るのを待っていたかった。理由なんてない。ただ、そうしたかった。けど――。
「って、やっぱ駄目だよな。あー郁人が居れば絶対向こうの食いつきも違うのに」
「分かった。行く」
「いいって分かってたし……って、え!?今行くって言った!?」
唾が飛んできそうな勢いで叫ぶ友人から数歩離れ、俺は頷いた。それを見て友人がよっしゃー!と大きな声を上げて喜ぶ。周りが何事かと此方を見てくるから更に友人から距離をとる。
(寂しい……郁人)
寂しい?ああ、確かに寂しそうだ。そんな顔で、そんな声で慰めてなんて言われて、断れるやつがいるか?俺には…出来なかった。俺を抱き寄せるこの手を振り払ったら、もうそれまでの気がした。俺達は高校からの付き合いで、俺は親友だと思っていて、そんな俺達の関係は崩れないと思っていた。
何時からだろう。こんな脆い関係になったのは。
一体、いつから――。
*
「ねぇねぇ鳥見くんて、経済学部なんだよね?サークルとか入ってないの?」
「入ってない。面倒だから」
「こいつバイトしてっから!」
キャイキャイとはしゃぐ友人は、俺についてベラベラいらないことを口走っている。広い店内の一角に俺を含め男子五人、女子五人。成る程、うちの大学の子と他の大学の子が集まったのか。周りを窺いながら俺は酒をあおる。こう言う場では取り敢えず酒でも入れないとやってけない。
「えー、勉強とか大丈夫なのぉ?」
「へーきへーき!こいつ超頭いいから!」
「あーそれっぽーい!眼鏡かけて理知的な感じ!」
「今日はコンタクト面倒だったからな…いつもは掛けてない」
「あはは!郁人くんちょークール!」
いつの間にか名前呼びに変わってる。しかも俺の話題から離れねぇし。友人が何とか俺以外の話題に持っていこうとするけど、最終的に俺に繋がってくる。あー、ホント面倒。俺と友人以外の男子も女子に話を振っては俺に持っていかれるのがイヤなのか、俺を少し睨み始めていた。どいつもこいつも面倒なやつら。
「時間勿体無いし、席変えようぜ」
「え!い、郁人!?」
「……何だよ。お前の為にもそれがいいだろ」
俺の提案に皆が喜ぶ中、友人だけが少し驚いたように俺を見る。するとそいつは「まさか郁人からそんな言葉が出るとは思わなかった」と。ああ、確かにそうかもな。いつもの俺なら絶対そんな事言わない。けど、今日は……。
「鳥見くん、隣座るね?」
「ああ」
席を動かない俺の横に来たのは、見た目清純そうな女子。フワッとした髪を揺らしながら俺の横に座る。あれ、こいつ何処かで…。
「私、小林沙紀。知ってる?」
「……陽二の、元カノ?」
「うん。昨日別れたばっか」
おいおい。彼氏と別れた翌日に合コンに来るかふつう。
「あっそ。んで、新しい男見つけに来たわけか」
「鳥見くんて、噂通り綺麗な顔の割に性格悪いのね」
「せめて冷たいって言え」
いや、それもイヤだけど。とにかく何でこんな所で陽二の元カノと話さなきゃならないんだ。どんな嫌がらせだよ。
「私だって割と真剣に付き合ってたんだけどねぇ」
「愚痴なら他のやつに話せよ。俺は聞きたくない」
「あ、陽二から聞いた?別れた理由」
「……不誠実だって言われて殴られたって」
「それじゃあ私が暴力したみたいじゃない」
プクッと頬を膨らました小林は、甘そうな酒を一口飲み、そしてテーブルに置きながら少し遠い目をする。
「ねぇ、鳥見くんって陽二と住んでるんでしょ?女の子連れてきたことあった?」
「ねぇよ」
「じゃあ私の他に、誰か別の子の話とか……」
「してねぇよ。あいつが俺にするのは彼女が出来た話と振られた話だけだ」
いつもそう。いつの間にか作っていつの間にか振られる。しかもあいつはあまり俺に自分がデートしてる姿だとか、彼女の姿を見せようとしない。だから部屋に呼んだこともない。何故だろうとはいつも思っていた。小林を知ったのは、友人から聞いて偶々一度見ただけ。だからあいつに他の女の影がチラついていたのかさえ俺には分からないんだ。
そう、結局俺には、何も分からない。
「そう…」
「分かったらもう黙っとけ」
「陽二ってさ、凄くモテるじゃない。あの顔だし」
「おまえなぁ…」
「まあいいじゃない」
よくねぇよ。こんな所でまであいつの話なんて……何しに来たのか分からねぇ。
「確かに付き合っている時は優しいし、カッコいいし、凄く好きだったんだけど」
「……」
「陽二、いつも違う事考えてるの」
もう黙って聞いとこうと酒を飲んでいたが、思わず酒をあおる手がとまる。
「私を通して、誰かを見てる。私じゃない、違う誰か」
「誰?」
「分からないから聞いたの。仲良いんでしょ?陽二、いつも鳥見くんの話ばっかだから」
少し悲しげに笑う小林の顔を見る。
何なんだよ、何で俺に聞く。仲が良ければ何でも知っているとでも思ってんのか?知るかよ、あいつの事なんて。そんな、違う誰かを見ているなんて言うのも初めて知ったぐらいだ。俺はあいつの事、本当に何も知らない。
「ねえ鳥見くん。何で今日は此処に居るの?」
「…なんで?」
「分からない?じゃあ聞き方変えるね。どうしてそんな――寂しそうな顔してるの?」
その言葉に目を見開く、それと同時に小林に眼鏡をとられる。酒と元々悪い視力が合わさり視界がぼやけて至近距離に居る筈の小林の顔も認識しづらい。
「眼鏡、返せ」
「陽二の話になった途端、ずっとその顔だよ鳥見くん」
「うるさい」
「陽二にいじめられでもした?」
何だこの女。ズケズケと人の事情に踏み込んできやがって。俺があいつに昨日抱かれたとか言ったら納得でもするのかよ。いやしねぇな。そもそもこの女は最初から俺を違う目で見ていたから。ずっと、狙ってるのがバレバレだっての。
「寂しい?」
「……寂しい、って言ったらどうしてくれんの?」
「そりゃ勿論。慰めてあげる」
寂しい者同士、ね。
そう言って笑ったのが気配で分かる。
お前はいいよな陽二。俺と言うモノで寂しさを埋められるんだから。
じゃあ俺は?俺の寂しさは誰が埋めてくれんだよ。お前から与えられる快楽は、寂しさを通り越していっそ虚しい。起きて隣にお前が居ないのも、お前が女作った話を聞くのも、お前が俺に笑いかけるのも何かももう虚しいっ。
だから、今日此処に来た。誰でもいい、俺のこの寂しさを埋めてくれるなら、誰でも――。
「じゃあ、慰めろよ」
「うん。いいよぉ」
クスッと、小さく笑った声を聞いた。ぼやける視界に映る小林の顔がどんどん近づいてくるのを感じる。唇に息が掛かった。恐らく、後数センチ。けど、それ以上俺と小林の距離が縮むことはなかった。
「――悪いんだけど、サキでも郁人に触るのは許さないから」
俺と小林の間に、誰か他のやつの手が入り込んでいた。誰かなんて愚問か。
何で此処に居るんだよ、陽二。
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